第56話:聖剣様の御機嫌ナナメ(挿絵あり)
生成AIで画像を作ってみました。
この話数から自動で作っただけなので、本文や他の画像との矛盾はご容赦ください。
『空中機動工房プロデューサー号』による、トマトを用いた平和的(?)拠点無力化作戦から数日。第零工房は、次なるプロジェクトに向けて穏やかな日常を取り戻していた。俺、フィン・アッシュフォージ男爵は、工房の中庭で、汗を流して畑仕事に精を出すハンナの姿を、腕を組みながら真剣な眼差しで見つめていた。
「うむ…素晴らしい。あの大地を耕す力強い鍬の動き、そしてそれに連動して躍動する、あの腰から尻にかけての滑らかな曲線美…! まさに機能美と官能美の奇跡的な融合! 彼女のディフェンダーとしての能力の源泉は、あの安定した下半身にある! データ収集はプロデューサーの基本だ…!」
「フィン君、何ぶつぶつ言ってるの? 手伝ってくれるんじゃないの?」
「おう、今行く!」
俺が爽やかな笑顔で駆け寄ろうとした、その時だった。
「フィン・アッシュフォージ男爵閣下! 緊急のご召集にございます!」
息を切らして駆け込んできたのは、ルミナス公爵家の使者だった。その表情は、何やらひどく切羽詰まっている。
「緊急? また帝国が何かやらかしたのか?」
「いえ、それが…聖剣アスカロン様のご様子が…!」
◇
俺がハンナを伴ってルミナス公爵邸に到着すると、そこには父である公爵と、なぜか戦闘態勢で俺を待ち構えているベアトリス団長の姿があった。彼女のスカイブルーの瞳は、俺を射殺さんばかりの鋭い光を放っている。
「フィン殿! よくぞ来てくれた!」
ルミナス公爵は、俺の姿を見るなり、藁にもすがる思いで駆け寄ってきた。
「父上! あまりその男に近寄ってはなりません! いかなる邪法を使われるか!」
「黙れベアトリス! 今、頼れるのはフィン殿しかおらんのだ!」
いつもの父娘のやり取りを横目に、俺は本題を切り出した。
「それで、アスカロンがどうしたって言うんです?」
「うむ。言葉で説明するより、見てもらった方が早い。こちらへ」
俺たちが案内されたのは、ルミナス家の至宝が納められた、厳重な宝物庫だった。ひんやりとした空気の中、壁際には金や銀でできた装飾品が並んでいる。金は、イオン化傾向が極めて小さく、空気中の酸素や水分とほとんど反応しないため、永遠にその輝きを失わない。一方、銀は硫黄と反応しやすく、空気中のわずかな硫化水素と結びついて黒い硫化銀の膜を作ってしまう。宝物庫の管理というのは、こうした金属の化学的性質との戦いでもあるのだな、などと俺が考えていると、公爵が宝物庫の中央を指した。
そこには、ビロードの敷かれた豪奢な台座に、聖剣アスカロンが安置されていた。
しかし、その様子は明らかにおかしかった。
刀身が、まるで心臓のように、ドクン、ドクン、と不気味な青白い光を明滅させている。それだけでなく、ブゥン、ブゥン、と低い唸りを上げながら、小刻みに振動していたのだ。
「こ、これは…」
ハンナが、ゴクリと喉を鳴らす。
「フィン殿がアスカロン様を修復し、あの『プロデューサー号』とかいう空飛ぶ船の建造にかかりきりになってから、日に日にこの振動と点滅が激しくなっておってな。今では、王宮最高の魔術師たちでも、迂闊に近づくことすらできんのだ。まるで…まるで、癇癪を起こした乙女のようではないか…」
公爵の言葉に、ベアトリスが食ってかかった。
「父上! ですから、それは聖剣様の癇癪などという生易しいものではなく、この男が施した呪いが、制御不能に陥り暴走している兆候だと、私は再三報告しているではありませんか! このままでは、聖剣の力が暴発し、王都が火の海になりますぞ!」
「なるほどねえ…」
俺は、腕を組んでアスカロンを観察した。
俺の『魂魄の瞳』には、彼女の魂が、寂しさと、嫉妬と、怒りで、ぐちゃぐちゃになっているのが視えた。特定の周波数の魔力が、アスカロンの魂の固有振動数と一致して、共振現象を引き起こしかけている。このまま放置すれば、本当に暴発しかねない危険な状態だ。
原因は、十中八九、俺のせいだろう。
「危険です、フィン君!」
俺がアスカロンに近づこうとすると、ハンナが俺の袖を引いた。
「大丈夫だ。ちょっと、彼女と直接話してくる」
俺は、制止する騎士たちを手で制し、振動するアスカロンの前に立った。そして、ためらうことなく、その柄をそっと握りしめた。
瞬間、それまで宝物庫全体を揺るがしていた振動と、目に痛いほどの明滅が、ピタリ、と嘘のように止まった。
シーンと静まり返った宝物庫で、俺の脳内にだけ、ツンと澄ました、しかしどこか震えている少女の声が響き渡った。
(……遅い)
「よう、アスカロン。久しぶりだな。ずいぶんご機嫌斜めじゃねえか」
(別に。マスターが、私のことなんてすっかり忘れて、新しい空飛ぶ船に夢中になってるみたいだから、ちょっとだけ、存在を主張してみただけだもの)
「ははっ、嫉妬か? 可愛いとこあるじゃねえか。プロデューサー号は事務所みたいなもんだ。お前は、うちの事務所が誇る、最高のセンターエースなんだから、忘れるわけないだろ」
(…ほんと?)
「ああ、本当だ。それにしても、お前、少し見ない間に、また綺麗になったな。この白銀の輝き、しっとりと手に馴染むこの感触…。たまらねえぜ」
(…へ、変態マスター! でも…まあ、分かってるなら、いいわ。その代わり、これからは、もっと私のこと、ちゃんと構いなさいよね! 毎日、その硬くて逞しいマスターの指で、私のこの綺麗な肌を、隅々まで優しくお手入れしてくれないと、また機嫌、悪くなるんだから!)
「はいはい、分かったよ、お姫様」
この、俺とアスカロンの脳内での甘い(?)やり取りは、周囲の人間には全く別の光景として映っていた。
彼らから見えたのは、フィンが聖剣を手に取った途端、その暴走がピタリと収まり、フィンがうっとりとした恍惚の表情で、刀身をいやらしく撫で回し始めた、という光景だけだった。
「おお…! なんということだ!」
公爵は、感動に打ち震えていた。
「フィン殿が触れた途端、聖剣様の荒ぶる魂が、まるで嵐の後の凪のように静まった! やはり、聖剣様はフィン殿でなければ、その真の力を、そしてその心を、制御することはできぬのだ!」
ベアトリスは、その光景に、もはや眩暈を覚えていた。
(見なさい…! あの恍惚とした表情! あの男、暴走しかけた聖剣の魂と再び交感し、その精神を、より強固な支配下に置こうとしている! なんて邪悪な…しかし、完璧なまでの調教術なの…!)
俺は、すっかり機嫌の直ったアスカロンを掲げ、公爵に向き直った。
「いや、ですから公爵閣下。彼女、ちょっと寂しかっただけみたいですよ。『マスターがなかなか会いに来てくれなくて、つまらなかった』って、拗ねてただけです」
俺の正直な説明は、公爵のロマンチストな心に、火をつけた。
「なんと! 聖剣様が、それほどまでにフィン殿を…! まるで、遠い地に赴任した恋人を、一途に待ちわびる乙女のようだ! 分かったぞ、フィン殿! この聖剣アスカロンは、もはやルミナス家の宝である前に、君の魂の伴侶なのだ!」
公爵は、感極まったように叫んだ。
「今日この時から、君がアスカロンを佩くことを、このルミナス公爵が、正式に許可しよう!」
「え、マジすか!?」
「父上、ご正気ですか!? 家宝を、このような男の私物になさるなど、断じて認められません!」
ベアトリスの悲痛な叫びも、もはや愛娘の嫉妬にしか聞こえない公爵の耳には届かなかった。
「黙れベアトリス! 聖剣様の『乙女心』を理解できぬ者に、口を挟む資格はない! これも、アスカロン様が最高のパフォーマンスを発揮し、王国を守ることに繋がるのだ!」
こうして俺は、棚からぼた餅で聖剣ゲットするという、とんでもない成果を上げてしまった。
(ふふん。これで、いつでもマスターと一緒ね)
腰に提げられたアスカロンの、嬉しそうな声が脳内に響く。
「やれやれ、手のかかるエース様だぜ」
俺の背中を、ベアトリスが「聖剣の魂を人質に取り、公爵家を脅迫するとは…! あの男、一体どこまで底が知れないの…!」という、怨嗟に満ちた目で見送っていた。




