第49話:師匠、再び(挿絵あり)
生成AIで画像を作ってみました。
この話数から自動で作っただけなので、本文や他の画像との矛盾はご容赦ください。
第零工房の空気は、鉛のように重かった。
原因は、治療室のベッドで眠るアルドと、その枕元に置かれた魂の光が弱々しく明滅する長剣『レイジ・ブリンガー』の存在だ。アルド自身の傷は、セレスティーナが調合したポーションと王宮から派遣された治癒術師のおかげで快方に向かっている。だが、問題は魂に受けたダメージだった。前世の医学で言うところのPTSD(心的外傷後ストレス障害)に近いのかもしれない。強烈なトラウマは、脳だけでなく、体の免疫系にまで影響を及ぼし、治癒を遅らせることがある。魂という概念が実在するこの世界では、その影響はさらに深刻なのだろう。
「…俺のプロデュースが、甘かった…」
工房長室で、俺、フィン・アッシュフォージは頭を抱えていた。
ゼノン・ヴォルグ。あの仮面の男は、アイドル本人ではなく、レイジ・ブリンガーのメンタルを直接攻撃するという陰湿な手を使ってきた。ファン(使い手)とアイドルの絆を逆手に取った、悪魔のようなアンチ活動だ。
「アルドの奴、レイジ・ブリンガーの魂の悲鳴を直接受けちまったんだ。どうすればいい? どうすれば…」
俺が真剣に悩んでいると、扉がノックされた。
「工房長。お茶をお持ちしましたぞ」
入ってきたのは、完璧な執事セバスチャンと、なぜかその後ろに隠れるようにして付いてくるベアトリス団長だった。
「…フィン・アッシュフォージ。貴様でも、落ち込むことがあるのだな」
ベアトリスの言葉には、いつもの棘と、ほんの少しの安堵が混じっていた。
(魔人も万能ではなかった…。ゼノンという、より強大な魔将の前では、彼の力も及ばないということか。だが、この二人の潰し合いに、我が国が巻き込まれるのはごめんこうむりたいわ…)
彼女の脳内では、すでにフィンとゼノンによる、古代の叙事詩に描かれた神々の代理戦争のような壮大な物語が始まっている。
「落ち込むに決まってるだろ! 大事なタレントが、ステージ上でアンチに刺されたんだぞ! しかも、物理的だけじゃなくて、精神的にもだ! こんな非道なやり方、プロデューサーとして絶対に許せねえ!」
俺の熱弁に、ベアトリスは眉間に深いシワを寄せた。
(タレント…ステージ…アンチ…またしても、あの男の使う異世界の隠語! つまり、彼の忠実な『尖兵』が、『戦場』で敵対者に『魂を砕かれた』ということね! しかも、それを『非道』と断じ、自らの『指揮官』としてのプライドを傷つけられたと怒っている! なんて自己中心的な怒りなの!)
そんな彼女の葛藤をよそに、セバスチャンは静かに聞いていた。
「なるほど。つまり、敵の『魂への直接干渉』という新たな脅威に対し、我々も『魂の防御』という新機軸の対策を講じる必要がある、と。左様でございますな」
「そう! それだよセバスチャン! さすが、話が早い!」
俺が膝を打った、その時だった。
工房の入り口の方から、地響きのような足音と、聞き慣れた野太い声が響き渡った。
「フィンはいるか! ワシの可愛い弟子が、王都でデカい顔をしとるという噂を聞いて、はるばる来てやったぞ!」
ドッガーーーン! という、もはや扉を破壊したとしか思えない音と共に、屈強な体躯に編み込みの髭を蓄えた、俺の師匠グンドハルが姿を現した。
「し、師匠!? なんでここに!?」
「うむ! お前の活躍は、村にも届いておるわい! なんでも、聖剣を蘇らせただの、巨人を手懐けただの、やりたい放題らしいではないか!」
師匠は、ガハハと豪快に笑うと、俺の背中をバシン! と叩いた。痛え。
師匠がずかずかと工房に入ってきた。
「まさか…グンドハル兄者!?」
「おお、バルバロッサではないか! 息災であったか、弟弟子よ!」
どうやら二人は知り合いだったらしい。
師匠は、工房の重苦しい雰囲気を敏感に察知すると、すぐに真剣な顔になった。
「…して、何があった。祝いに来てやったというのに、まるで葬式のような顔をしおって」
◇
「――というわけで、魂を直接ぶん殴られて、アルドもレイジ・ブリンガーも、再起不能(引退)の危機なんです…」
治療室で、俺は師匠とバルバロッサに事の経緯を説明した。
師匠は、眠るアルドの傷を一瞥し、次に枕元のレイジ・ブリンガーを手に取った。
「ふむ…」
師匠は、腕を組んで唸った。
「フィンよ。お前の鍛冶は、素材の魂の『声』を聞き、『形』を与えることには長けている。じゃが、鍛冶はそれがすべてではない」
「すべてではない…ですって?」
「そうだ。お前の『瞳』は確かにすごい。素材の魂の『声』を聞き、その望む『形』を与えることができる。じゃがな、それが常に正解とは限らんのだ」
師匠は、俺の目を見据えて続けた。
「生まれたての赤子が、自分の将来の姿を知らんのと同じじゃ。素材の魂も、自分がどうすれば最も輝けるか、その『最適解』を必ずしも知っておるとは限らん。お前は、素材の『言いなり』になっておるに過ぎん。真の鍛冶師とはな、素材の声を聞いた上で、さらにその上を行く『最高の輝き方』を、素材自身に『提案』してやるもんじゃ。」
師匠の言葉が、槌のように俺の胸を打つ。俺のプロデュースは、タレントの個性を尊重し、その魅力を引き出すことだった。だが、それはただの甘やかしだったと、師匠は言うのだ。俺のやっていたことは、タレントの扱いやすさを優先する『焼きなまし』だったのかもしれない。金属を一度高温にしてからゆっくり冷やすことで、内部の歪みを取り除き、柔らかく加工しやすくする工程。俺は、素材の魂を扱いやすくするために、その尖った部分を丸めていただけだったのか? 師匠が言う『鍛える』とは、その逆…鋼に硬さと強さを与えるための、急冷による『焼き入れ』に近い概念なのだろうか。
「そうだ。お前はまだ、本当の意味で『武器を鍛える』ということを知らん」
俺は、自分が今まで見てきたのは、魂の表面的な輝きだけだったのだと痛感させられた。ダイヤモンドが、ただの炭素の塊でありながら、地中深くの超高圧と高温という極限環境を経て、あの比類なき硬さと輝きを得るように、魂もまた、安楽なだけでは真の輝きを得られないのかもしれない。
師匠の言葉は、重く、そして厳しかった。




