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第4話:農具革命と勘違いの連鎖

翌日、俺の鍛冶場には奇妙な行列ができていた。ただし、それは剣を求める者たちの列ではない。村人たちが手に手に持っているのは、鍬、鋤、鎌といった、使い古された農具の数々だった。


「フィン君、おはよう! 私のこの鍬も、お願いできるかしら?」


行列の先頭にいたのは、幼馴染のハンナだった。朝日を浴びて輝く笑顔と、その…うん、今日も大変けしからん豊満な胸の谷間が、寝不足の俺の目に眩しい。


「おはよう、ハンナ。鍬? どうしたんだ、刃こぼれでもしたか?」


「ううん、そうじゃなくて! 男爵様の兵隊さんたちが持ってた剣みたいに、私のこの鍬も『魂』を込めて打ち直してほしいの!」


ハンナは目をキラキラさせながら、とんでもないことを言った。彼女の後ろに並ぶ村人たちも、皆「そうだそうだ!」と頷いている。


どうやら、話はこうだ。

昨夜のゴブリン騒動の後、兵士たちが「フィンの打った剣はまるで生きているようだ!」と村の酒場で吹聴しまくったらしい。それが尾ひれ背びれどころか、手足まで生えて、「フィンの打った鉄製品は魂を宿し、持ち主の力を何倍にも引き上げる」という、もはや都市伝説レベルの噂に進化していたのだ。


「いやいやいや、待ってくれ。あれは剣だから意味があったんであって、農具に魂を込めてどうするんだよ」


「えー、でも、すごい鍬になれば、畑仕事が楽になるかもしれないじゃない!」


「そうよ! 疲れない鎌とか、自動で耕してくれる鋤とか!」


村人たちの期待は、明後日の方向にフルスロットルだ。自動耕作機? それはもはや魔導具か、前世のトラクターの領域だ。


「無理無理! 俺は鍛冶師であって、魔法使いじゃないんだから!」


俺が必死に否定しても、村人たちの瞳は「またまたご冗談を」「照れちゃって」とでも言いたげに輝いている。昨夜のゴブリン撃退の一件で、俺に対する信頼度と勘違い度がカンストしてしまっているらしい。


「まあ、フィン、受けてやれ」


呆れる俺の背中を、師匠のグンドハルがドシンと叩いた。


「お前のその奇妙な力が、農具にどう作用するのか、ワシも興味がある。それに、村人たちに恩を売っておくのも悪くない」


師匠まで面白がっている。こうなっては仕方ない。俺は深いため息をつき、ハンナの鍬を受け取った。


「…分かったよ。やるだけやってみる。ただし! 自動で動いたりはしないからな! 絶対に!」


俺は念を押し、ハンナの鍬に『魂魄の瞳(オクルス・アニマエ)』を向けた。

すると、視えた。

使い古された鍬の内部に、か細く、しかし健気に輝く光の粒子が。それは長年、ハンナと共に土を耕し、作物を育ててきた記憶と愛情によって育まれた、紛れもない「魂」だった。


(…もっと、ハンナさんの力になりたい…)


(この体じゃ、もう硬い土は掘り起こせない…)


そんな、鍬の魂の切ない声が聞こえてくる。

俺のプロデューサー魂に、カチリと火がついた。


「…いいだろう。君のその想い、俺が最高の形で叶えてやる」


俺は鍬の魂に語りかけ、火床へと向かった。


「見てな。君を、この村一番の『畑の女王クイーン・オブ・ファーム』にしてやるからな!」


「え? 私を!?」


ハンナが頬を染めて胸に手を当てる。違う、君じゃない。鍬だ。


キィン! キィン!

再び、鍛冶場に心地よい槌音が響き渡る。

鍬の魂と対話しながら、その構造を最適化していく。刃先の角度、柄との接合部の強度、全体の重心バランス…。

ちなみに、土壌というのは、粘土、シルト(沈泥)、砂の割合でその性質が大きく変わる。この村の畑は粘土質が多いため、土が重く、固まりやすい。ならば、刃は薄く鋭く、土がこびりつきにくい形状にするのがベストだ。


俺は『魂魄の瞳』が示す設計図に従い、槌を振るう。不純物を叩き出し、金属の粒子を均一に整え、魂そのものを純化させていく。

最後に焼き入れを施し、ハンナの愛着が染み込んだ古い木製の柄に、寸分の狂いもなく装着する。


完成した鍬は、見た目こそ古びているが、その刃は黒光りし、尋常ではない切れ味を予感させた。


「できたぞ、ハンナ。試してみてくれ」


「わあ…! なんだか、すごく軽くなった気がする!」


ハンナは生まれ変わった鍬を手に、嬉しそうに鍛冶場の隅にある家庭菜園へと向かった。そして、固く締まった地面に、その刃を振り下ろした。


ザシュッ!

まるで熱したナイフでバターを切るかのように、鍬の刃が抵抗なく地面に吸い込まれていく。


「えっ!?」


ハンナが驚きの声を上げた。今までなら「よいしょ!」と体重をかけなければならなかった作業が、ほとんど力を使わずにできてしまう。


「す、すごい! サクサク耕せる! 全然疲れないわ!」


ハンナは夢中になって畑を耕し始めた。その姿は、まるで軽やかなワルツを踊っているかのようだ。それを見守っていた村人たちから、どよめきが起こる。


「おい、見たか!? ハンナちゃんの動きが、いつもの三倍速だぞ!」


「まるで鍬が生きているようだ…!」


「フィン君、次はワシの鎌を! ワシの鎌を最高の『草刈りダンサー』にしてくれ!」


「いやワシの鋤が先だ! 畑の『土起こしマエストロ』に!」


村人たちのテンションは最高潮に達し、俺の元に農具を持って殺到してきた。もはや俺が何を言っても無駄だった。俺は半ばヤケクソになりながら、次々と農具を打ち直し始めた。


鎌には、草を刈る際の抵抗を極限まで減らすための微細な鋸歯(マイクロセレーション)を。

鋤には、土を反転させる効率を最大化する流線形のデザインを。

その全てを、『魂魄の瞳』が示す最適解に従って、魂を込めて打ち直していく。



数時間後。

村の畑では、世にも奇妙な光景が繰り広げられていた。

村人たちが、まるでオーケストラの指揮者のように、あるいは熟練のフィギュアスケーターのように、華麗な動きで農作業に勤しんでいるのだ。


「おお…! 我が鎌が、風と一つになっている!」


「感じるぞ…! 土の呼吸、大地の脈動を…!」


彼らは口々にポエムのようなことを呟きながら、凄まじい効率で畑を耕し、雑草を刈っていく。

俺の打ち直した農具は、剣と同様に、持ち主の「楽をしたい」「豊作にしたい」という想いに共鳴し、その身体能力と農具の性能をブーストさせていたのだ。


その日の夕方には、村中の畑が、見たこともないほど美しく整えられていた。

そして、当然のように、俺は村人たちに担ぎ上げられていた。


「フィン! 本当にありがとうな!」


「これで今年の収穫は倍増だ!」


「もはやただの鍛冶師じゃない! あんたは村の救世主だ!」


違う。俺は違う。俺はただの煩悩多き転生者で、新米の鍛冶プロデューサーなんだって。


師匠のグンドハルは、その光景を腕組みしながら眺め、深く頷いた。


「なるほどな。剣は使い手の闘争心に、農具は使い手の慈しむ心に呼応するか。フィンの力は、鉄に宿る魂を呼び覚ますだけでなく、人の想いと鉄とを結びつける『触媒』の役割も果たしておるのか。面白い…実に面白いぞ…!」


師匠の分析は鋭いが、俺の意図とは百万光年ほど離れている。


そんな喧騒の中、汗を流して火照った顔で、ハンナが俺のところに駆け寄ってきた。


「フィン君、本当にありがとう! おかげで、畑仕事がすごく楽しくなったわ!」


彼女は満面の笑みで、俺の両手をぎゅっと握った。その柔らかい感触と、汗と土の匂いに混じる甘い香りに、俺の心臓がドキンと跳ねる。


「…お、おう。役に立てて、よかったぜ」


俺がデレデレと返事をしていると、ハンナは悪戯っぽく笑い、俺の耳元で囁いた。


「お礼に、今夜、フィン君の好きな『採れたて』をご馳走してあげるね」


と、採れたて…!?

俺の脳内で、瑞々しい果実や野菜のイメージが、なぜか布面積の少ないハンナの姿へと変換される。これは…まさかのお誘い!?


俺の勘違いが、畑から閨へとシフトしようとした、その瞬間。


「フィンよ、鼻の下が地面に着きそうじゃぞ」


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