第33話:引きこもり魔術師のスカウト
王宮の奥深く、一般の者は決して足を踏み入れることのない、魔術研究塔の最上階。そこに、今回の俺のスカウト対象、『物言わぬ賢者』セレスティーナ・クラウンの研究室はあった。
「工房長、ここから先は、我々も立ち入りを許可されておりません。彼女は、王族の命令以外では、決してこの扉を開かないことで有名です。どうか、ご無理はなさらないでください」
案内役の宮廷魔術師が、困り果てた顔で言う。
重厚なオーク材で作られた扉は、魔術的な結界によって固く閉ざされている。その隙間からは、様々な薬品の匂いと、膨大な魔力の気配が漏れ出てきていた。
俺の『魂魄の瞳』には、扉の向こうに、巨大な魔力の渦の中心で、小さくうずくまる少女の魂の姿が視えていた。その輝きは、ダイヤモンドの原石そのもの。しかし、その周囲には「怖い」「話したくない」「放っておいて」という、分厚い精神の壁が張り巡らされている。
(なるほどな…。最高の才能を持ちながら、極度のコミュニケーション不全で、世に出られないタイプか)
俺はニヤリと笑った。こういう子をプロデュースしてこそ、一流の仕事ってもんだ。
それに、俺の煩悩センサーが、扉の向こうの彼女の姿を勝手に想像してビンビンに反応している。間違いない、気の弱そうな眼鏡をかけた、控えめでありながらも隠しきれない、けしからんボディの持ち主に違いない!
「工房長、一体どうなさるおつもりで?」
訝しげなベアトリスに、俺はウインクして見せた。
「見てな。俺のスペシャルな『口説き文句』で、彼女の心の扉をこじ開けてやる」
「く、口説き文句ですって!?」
ベアトリスは顔を真っ赤にして後ずさる。
(ま、まただわ! あの男、武力だけでなく、甘い言葉で女性を篭絡する術まで心得ている! これが、サキュバスやインキュバスが使うという、魅了の邪法…!)
俺は、扉に向かって、ゆっくりと語りかけた。
「やあ、セレスティーナ・クラウンさん。聞こえるかい? 俺は、第零工房のプロデューサー、フィン・アッシュフォージだ」
扉の向こうの魔力の気配が、ピクリと揺れた。警戒している証拠だ。
「君の噂は聞いている。素晴らしい魔道具を、いくつも生み出してきたそうじゃないか。君の研究成果は、この国にとって、かけがえのない宝だ」
扉の向こうで、何かがガタン、と倒れる音がした。動揺している。
「だが、君の才能は、こんな薄暗い部屋に閉じ込めておくべきものじゃない。君の生み出した素晴らしい『作品』たちは、もっと多くの人に使われ、愛され、その真価を発揮されるべきだ。そうは思わないか?」
心理学には『フット・イン・ザ・ドア・テクニック』という交渉術がある。まずは相手が同意しやすい、小さな要求から始め、徐々に本題へと近づいていく手法だ。俺は今、彼女の最もプライドを持っているであろう「研究成果」を褒めることで、彼女の心の扉に、そっと足を差し込んだのだ。
(わ、私の…研究の価値を…分かってくれる人が…?)
扉の向こうから、か細い、しかし確かな心の声が聞こえてくる。
「工房長、どうやら彼女、話を聞いているようですぞ」
バルバロッサが、ドワーフならではの鋭い聴覚で、中の気配を探っている。
「よし、もう一押しだ!」
俺は、バルバロッサに作ってもらった、ただの鉄製のメガホンに、魔水晶のかけらを貼り付けただけの『魂に響く魔導拡声器』を構えた。
「セレスティーナ! 君は一人じゃない! 君の才能を、世界に知らしめたいと願う人間が、ここにいる! 俺が、君をプロデュースする! 君の作った最高の『アイテム』を、俺たちの最高の『アイドル』に使わせてくれ! 君の魔法を、薄暗い研究室から、世界の中心という最高のステージへと、俺が連れて行ってやる!」
俺の熱い叫びが、メガホンを通して、魔術的な増幅(ただ単にうるさいだけ)と共に、扉の向こうに叩きつけられる。
(わ、私の魔法が…歌声…? ステージ…!?)
「いかがですかな、セレスティーナ嬢。工房長の、この熱意。彼は、あなたの才能を心から信じておられる」
セバスチャンの、渋く、説得力のある声が追い打ちをかける。
「そうよ、セレスティーナさん! 一緒にやりましょう! フィン君は、私の鍬にだって、すごい力をくれたんです! きっと、あなたの力も、もっとすごいものにしてくれます!」
ハンナの、裏表のない純粋な声が、彼女の心の壁を優しく溶かしていく。
(みんな…私のために…?)
数分間の沈黙の後。
ギィ…と、重い音を立てて、固く閉ざされていた扉が、ゆっくりと開いた。
そこに立っていたのは、インクの染みがついた白衣をだらしなく着こなし、度の強い大きな眼鏡をかけた、銀髪の少女だった。そして、その白衣の胸元は、俺の想像通り、いや、想像以上に、けしからん膨らみを主張していた。
グッジョブ、俺の煩悩センサー!
彼女は、俺たちの顔を一人ずつ恐る恐る見回すと、俯いたまま、蚊の鳴くような声で言った。
「…あの…裏方で、人前に出なくていいなら…お手伝い、します…」
「交渉成立だ!」
俺は、ガッツポーズをした。




