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第3話:初陣と勘違いのプロデューサー

グリマルド男爵の、でっぷりと肥えた喉がゴクリと鳴る音が、やけに大きく鍛冶場に響いた。彼の目は、壁にずらりと並んだ百本の剣に釘付けになっている。無理もない。あの鉄屑が、これほどの芸術品に生まれ変わるなど、錬金術でも使わない限りありえないと誰もが思うだろう。


「な、なんだこれは…本当にあの鉄屑から作ったのか…?」


「ええ、もちろん。一体一体、魂を込めてプロデュースさせていただきました」


俺は胸を張った。兵士の一人がおそるおそる一本の長剣を手に取る。その刀身に浮かぶ、水面のさざ波のような美しい刃文に息を呑んだ。


「男爵様…こ、これは…! 王都の名工が打った剣よりも見事であります!」


「馬鹿を言え! そんなはずが…」


男爵は自らも一本手に取り、その重さ、バランス、そして指で弾いた時の澄んだ音色に目を見開いた。嘘偽りのない、一級品の輝きがそこにはあった。


「小僧…貴様、一体どんな手品を使った…?」


「手品じゃありませんよ。彼女たち一人一人の『声』を聞き、その魅力を最大限に引き出してあげただけです」


俺はうっとりと剣の列を眺めながら言った。その視線は、まるでステージに立つ我が子を見守る父親のようであり、あるいは、これからデビューするアイドルグループを眺める敏腕プロデューサーのようでもあった。


男爵の脂ぎった顔に、欲深い笑みが浮かぶ。


「ふん、まあよかろう。約束通り、剣は受け取ってやる。代金はこれだ」


彼が兵士に合図すると、革袋が一つ、カランと音を立てて床に投げられた。中身はせいぜい銀貨数枚。クズ鉄の代金としては妥当かもしれないが、この百本の剣の価値とは天と地ほどの差がある。


「おい、話が違うじゃねえか!」


思わず声を上げたのは、師匠のグンドハルだった。


「この剣一本で金貨十枚の値がついてもおかしくない! 百本なら金貨千枚! 約束が違うぞ!」


しかし男爵は鼻で笑った。


「約束? 私は『剣を用意しろ』と言っただけだ。『買い取る』とは一言も言っておらん。これは命令に対する『納品』だ。つまり税の一種だな。文句があるのか?」


汚い! さすが悪代官、汚い! 契約書社会ではないこの世界では、こうした口約束の抜け穴を突くのが権力者の常套手段だ。悔しさに歯ぎしりする師匠と俺。


「ふははは! 見ろ、この輝き! これで我が兵団は王国最強だ! 行くぞ!」


男爵は高笑いしながら、兵士たちに剣を運ばせ、意気揚々と去っていった。残されたのは、空っぽになった壁と、わずかばかりの銀貨、そして俺たちの怒りだけだった。


「くそっ…! あの豚野郎…!」


「フィン、気にするな。お前の腕は本物じゃ。ワシが保証する」


師匠は慰めてくれるが、悔しいものは悔しい。何より、丹精込めて生み出した俺の愛する剣たちが、あんな俗物の手に渡ってしまったことが許せなかった。彼女たちは戦うために生まれた存在だが、それでも、もっと相応しい使い手に巡り会ってほしかった。


「大丈夫かな…あの子たち、ちゃんと扱ってもらえるかな…」


「フィン君…」


ハンナが心配そうに俺の顔を覗き込む。その潤んだ瞳と、柔らかそうな唇に、一瞬理性が飛びそうになる。いかんいかん、今はそんな場合じゃない。



その夜、俺は師匠とヤケ酒を呷っていた。ドワーフである師匠は、人間なら一瞬で昏倒するような強さの蒸留酒を水のように飲んでいる。ちなみに、蒸留酒は醸造酒を加熱して、アルコール分が水より先に蒸発する性質を利用して作る。アルコールの沸点は約78℃、水の沸点は100℃。この温度差が、酒飲みの歴史を支えてきたのだ。


「しかしフィンよ、お前のその『魂魄の瞳(オクルス・アニマエ)』とかいう力は、もしかすると呪いかもしれんぞ」


師匠は真剣な顔で言った。


「常人には理解できん力は、時に人を狂わせ、孤立させる。お前が剣に語りかけていた時の目は、正直、ワシでも少し怖かった」


確かに、あの時の俺は常軌を逸していたかもしれない。だが、あの魂との対話、一体感は、何物にも代えがたい快感だった。


「大丈夫ですよ。俺には師匠も、ハンナもいますから」


「ふん、口だけは達者な小僧め」


師匠はそう言って、また酒を呷った。その時だった。

村の外れから、けたたましい鐘の音が響き渡った。見張りの櫓からの警報だ。


「敵襲だ! モンスターだ! ゴブリンの大群が村に向かってくるぞ!」


何!? 俺と師匠は顔を見合わせ、急いで外に飛び出した。村の男たちが、錆びついた剣や鍬を手に、広場に集まっている。その顔は皆、恐怖に青ざめていた。

絶望的な雰囲気が村を包む中、地響きと共に、村の入り口からたいまつの明かりが近づいてくるのが見えた。


「男爵様だ! 助けに来てくれたのか!」


村人の一人が期待の声を上げた。現れたのは、グリマルド男爵率いる私兵団。その手には、俺が昨日打ったばかりの、真新しい剣が握られている。


「ふははは! ちょうど良い! 貴様ら、見ておれ! この私が手に入れた新たな剣の威力を! 試運転にはもってこいの的ではないか! 我が兵団の初陣だ、派手に飾ってくれるわ!」


男爵は自信満々に叫び、ゴブリンの群れに向かって突撃を命じた。村人たちの期待の眼差しが、一瞬で「あ、そういうことね…」という冷めたものに変わる。


俺は固唾を飲んで見守った。頼む、あの子たち…!


「うおおおお!」


兵士の一人が、ゴブリンに斬りかかる。


キィン!

甲高い金属音。ゴブリンが持っていた粗末な棍棒が、まるで紙のように真っ二つに断ち切られた。


「なっ!?」


兵士自身が一番驚いている。今まで使っていたナマクラ剣なら、ここで刃こぼれして終わりだったはずだ。


「すげえ! 折れねえし、曲がらねえ! 最高の切れ味だ!」


そうだろう、そうだろう! 君たちの魂は、それを望んでいたんだ!


だが、兵士たちの練度は低い。いくら剣がすごくても、多勢に無勢。徐々にゴブリンに囲まれ、陣形が崩れ始めた。


「ひ、ひいぃ! 囲まれた!」


「男爵様! ご指示を!」


兵士たちが助けを求めるが、当の男爵は安全な後方で馬に乗ったまま、顔を真っ青にして震えているだけだった。


「だ、だめだ…このままじゃ…!」


俺が拳を握りしめた、その時。


窮地に陥った兵士たちの「村を守りたい」「ここで死にたくない」という必死の想いが、俺の目には光の奔流となって見えた。

その想いが、彼らの持つ剣に流れ込む。

すると、兵士の一人が持っていた長剣が、ふっと淡い光を帯びた!


「な、なんだ!?」


兵士が我武者羅に剣を振るう。すると、まるで剣自体に意志があるかのように、その軌道が滑らかに補正され、ゴブリンの防御の隙間を縫って、的確に急所を捉えた。


「ええええええ!?」


兵士も、俺も、師匠も、全員が驚愕した。

え、何今の? 俺、そんな機能つけてないんだけど。


それを皮切りに、奇跡は連鎖した。


「俺の剣もだ! なんだか力が湧いてくる!」


「うわっ! 剣が勝手に、一番いい太刀筋を教えてくれるぞ!」


「この剣、ゴブリンの攻撃を勝手に弾きやがった!」


兵士たちの剣が次々と覚醒し、持ち主の未熟な技量を補い始めたのだ。防御を助け、攻撃を導き、まるで熟練の師範が手を添えてくれているかのような感覚。


俺の『魂魄の瞳』には、はっきりと視えていた。兵士たちの「想い」に、剣の魂が共鳴しているのが。どうやら俺の鍛えた剣は、持ち主の感情や意志を力に変換する、とんでもない機能が意図せず備わってしまっていたらしい。


「いけええええ! 俺の愛剣パートナー!」


「お前とならやれるぜ! 相棒!」


兵士たちは完全にハイになっていた。もはや剣に惚れ込んでいる。ある者は剣に頬ずりし、ある者は自分の剣に「グロリア」などと名前をつけて語りかけている。うん、気持ちは分かる。


状況は一瞬で逆転した。

練度の低い兵士たちが、まるで歴戦の勇者のようにゴブリンの群れを圧倒していく。

その光景を見て、村人たちは広場の隅でひそひそと噂し始めた。


「おい、見たか? 男爵の兵隊、めちゃくちゃ強かったな」


「ああ、でもありゃ剣がすごいんだろ。今まであんなに強かったことないぞ」


「あの剣、鍛冶屋のフィンが打ったんだってよ」


「へえ、あいつ、あんな腕があったのか…。てっきりただのスケベな兄ちゃんかと…」


うん、最後のは余計だ。


「もしかして、男爵にわざと安く売ったのは、こうなることを見越して…?」


「いや、まさか…。でも、タイミングが良すぎるよな…」


違う、違うんだ! 俺はただ、鉄屑アイドルをデビューさせたかっただけで!

そんな俺の心の叫びも虚しく、ゴブリンの群れはあっという間に掃討された。

勝利の雄叫びを上げる兵士たち。安堵のため息をつく村人たち。

そして、その場の多くの興味と賞賛の視線は、当の男爵ではなく、遠巻きに立つ俺に向けられていた。


師匠が俺の肩をバンバン叩きながら、驚きと混乱の入り混じった顔で言った。


「フィンよ…お前、もしかして…あの剣には、持ち主の力を引き出すような仕掛けでも施しておったのか…?」


「さあ…? 俺はただ、あの子たちが一番輝けるように手伝っただけですよ」


俺がそう言って微笑むと、師匠は「こいつ、とんでもない奴かもしれん…」と呟いて天を仰いだ。


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