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第2話:魂との対話と百の傑作

「ち、違う! 断じて違うんだ師匠、ハンナ! これは破廉恥とかそういう次元の話じゃなくて、純粋な芸術への賛美というか、機能美の追求というか…!」


俺、フィン・アッシュフォージは、完成したばかりの剣を胸に抱き、必死に弁明していた。しかし、師匠であるドワーフのグンドハルは腕を組んで唸り、幼馴染のハンナは「言い訳はいいから、早くその鉄の棒を服の中から出しなさい!」と耳まで赤くしている。違う、服の中には入れてない。胸に抱いてるだけだ。不可抗力で胸筋に当たってはいるが。


「フィンよ。お前が雷に打たれて以来、何か『視える』ようになった、というのは分かった。だが、その剣を『この子の肌のキメが…』などと撫で回すのは、どう見ても正気の沙汰ではないぞ」


「だって師匠! 視えるんだから仕方ないじゃないですか! こいつらの声が、魂の叫びが聞こえるんですよ!」


俺は興奮気味に、自分の目に起きた変化を説明した。素材に宿る鉄の魂の姿、その本質、どうすれば最も輝けるかという未来の完成形までが、設計図のように視えること。それはまるで、素材そのものと対話しているような感覚だった。


「俺は、この能力をこう名付けました。『魂魄の瞳(オクルス・アニマエ)』と!」


「おくるす…?」


「あにまえ…?」


師匠とハンナが、ポカンとした顔で復唱する。そうだ、この世界にラテン語なんてないんだった。前世の記憶が、どうにも中二病的なネーミングセンスを刺激してくる。


「ま、まあ、名前はどうでもいいんです! とにかく、この力があれば…!」


「ああ、そうじゃった」


師匠がハッとしたように、鍛冶場の隅に積まれた鉄屑の山を指さした。そうだ、忘れていた。グリマルド男爵からの無理難題。クズ鉄からの剣百本。


「フィン、その奇妙な力とやらで、この課題、どうにかなるのか…?」


師匠の問いに、俺はニヤリと笑って鉄屑の山に向き直った。

以前の俺なら絶望していた光景。だが、今の俺には違って見えた。『魂魄の瞳』を通して視るその光景は、まるでダイヤの原石が詰まった宝の山。あるいは、デビューを夢見るアイドルの卵たちがひしめくオーディション会場そのものだった。


一つ一つの鉄塊から、か細くだが確かに、光のオーラが立ち上っている。


(俺を…拾って…)


(私なら、もっと輝けるのに…)


(こんな不純物にまみれた体じゃ、誰にも愛してもらえない…)


そんな悲痛な魂の声が、俺の脳内に直接響いてくる。


「……」


俺は無言で鉄屑の山に歩み寄り、その中の一番みすぼらしい塊を、そっと拾い上げた。


「大丈夫だ。お前はブサイクなんかじゃない」


俺は優しく鉄塊に語りかけた。ハンナが「フィン君が鉄屑に話しかけてる…」と小声で呟いているのが聞こえるが、今は気にしない。


「お前の中には、こんなに綺麗な魂が眠っているじゃないか。俺が、お前の最高のボディを作ってやる。お前が最も輝けるステージに、立たせてやるからな!」


俺はさながら敏腕プロデューサーのように宣言し、火床に火を入れた。

ここからが、俺の、いや、俺たちのショータイムだ。


「まずは君からだ!」


火床に鉄塊を投入。赤熱した鉄塊の魂が、嬉しそうに輝くのが視える。


「いくぜ、ハンマーセッション! まずは不純物を叩き出す! 折り返し鍛錬だ!」


キィン! キィン! キィン!


鍛冶場に、これまでとは比較にならないほど高く、澄んだ槌音が響き渡る。

『魂魄の瞳』は、不純物がどこに集中しているか、何回折り返せば炭素量が均一になるかを正確に教えてくれる。日本刀が何回も折り返して鍛えるのは、不純物を叩き出し、鋼の組織を緻密にするためだが、やりすぎると逆に強度が落ちる。だが、俺の瞳は、その素材にとっての「最適解」を瞬時に弾き出してくれるのだ。


「よし、次は君だ! 君は粘り強い魂を持っているな! ならば両刃のブロードソードがいい! そのグラマラスな魅力を最大限に引き出してやろう!」


「おお、君は繊細で鋭い魂の持ち主か! ならば刺突に特化したレイピアだ! そのシャープなラインを強調するぞ!」


俺はアドレナリン全開だった。大学時代、締め切り間際のレポート作成で徹夜した時の、あの妙なハイテンション状態に近い。次から次へと鉄塊を火床にくべ、魂の声を聞き、それぞれの個性に合わせた剣へと打ち変えていく。


「な…なんという速さじゃ…」


師匠が呆然と呟く。


「迷いが一切ない。火入れの温度、槌を打つ場所、折り返しの回数…まるで何十年も修行を積んだ大鍛冶師のようじゃ。いや、ワシでもこんな芸当はできん…」


ハンナはハンナで、俺の奇行に少し引きながらも、甲斐甲斐しく水差しを差し出してくれたり、汗を拭いてくれたりする。


「フィン君、すごいけど…その…剣を撫でながら『いいぞ…いい腰つきだ…』って言うの、やめてくれないかしら…」


「え? だって本当に素晴らしいクビレだろ、このリカード(柄の部分)から刀身への移行部が!」


「ひゃっ!?」


ハンナは顔を真っ赤にして後ずさる。違う、お前の腰の話じゃない。剣の腰の話だ。


そんなやり取りを挟みつつも、俺の作業は止まらない。

焼き入れの工程。熱した刀身を水に入れて硬化させる、鍛冶のクライマックスだ。鋼は特定の温度(約730℃以上、オーステナイト組織という状態だ)から急速に冷やすことで、マルテンサイトという非常に硬い組織に変化する。このタイミングが全てを決めると言っても過言ではない。


『魂魄の瞳』を通すと、刀身が最適な温度に達した瞬間、魂が黄金色に輝き、「今よ!」と囁いてくれるのが視える。

俺はその瞬間を逃さず、次々と刀身を水槽に突き立てていく。


ジュッ! ジュッ! ジュッ!

白い蒸気と、魂が歓喜する声が、鍛冶場に満ていく。


三日三晩、俺はほとんど寝ずに槌を振るい続けた。

そして、男爵に指定された期限の前日。


鍛冶場の壁にずらりと立てかけられた、百本の剣。

長剣、片手剣、両手剣、レイピア、ブロードソード…。一つとして同じものはなく、それぞれが異なる個性を放っている。そして、どれもが見事な刃文を宿し、素人目にも分かるほどの凄みをまとっていた。

あのどうしようもなかった鉄屑たちが、今は誇らしげに胸を張り、見事な「作品」としてそこに存在している。


「…終わった…」


最後の剣を磨き上げ、俺はその場にへたり込んだ。


師匠のグンドハルは、百本の剣を一本一本手に取り、その出来栄えを確かめては、言葉を失い、天を仰いでいた。


「奇跡じゃ…いや、奇跡という言葉ですら生ぬるい…」


ハンナが心配そうに駆け寄ってくる。


「フィン君、大丈夫!? 隈がすごいことになってるわよ!」


「ああ、大丈夫だ…最高のライブだったぜ…」


俺は燃え尽きたように、しかし満足げに笑った。


その時、鍛冶場の扉が乱暴に開け放たれた。


「おい、小僧! 約束の剣はできたか!」


グリマルド男爵が、またしても兵士を引き連れてやってきた。その顔には「どうせできっこないだろう」という嘲りの色が浮かんでいる。


俺はゆっくりと立ち上がると、壁に立てかけた百本の剣を親指でクイッと示した。


「ええ、男爵様。ご覧ください」


男爵と兵士たちの視線が、一斉に剣の列に向けられる。

次の瞬間、その場にいた全員の時間が、止まった。


「さあ、お披露目の時間です。俺のプロデュースした、百人のアイドルたちの晴れ舞台をね」


俺の口元に浮かんだ笑みが、変態のそれに見えたか、それとも自信の現れに見えたか。それは、彼らのみが知ることである。

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