第16話:街道の異変と騎士団の影
王都への旅は、順調に進んでいた。…最初の数日は。
街道を半分ほど進んだあたりから、俺は森の様子に、微かな違和感を覚え始めていた。
「なあ、ハンナ。なんだか、鳥の声が少なくないか?」
「言われてみれば…それに、なんだか空気がピリピリするような…」
俺の『魂魄の瞳』には、道端の草木や石ころから、怯えや不安に満ちた、か細い魂のオーラが立ち上っているのが視えた。何かが、この地域の生態系を脅かしている。
『マスター、感じるわ。不浄で、貪欲な魂の気配が、この空を支配しようとしている』
背中のアスカロンが、警告を発する。
その時だった。
街道の先から、数人の商人たちが、血相を変えてこちらへ逃げてきた。
「ひいぃ!化け物だ!」
「空から、緑の雨が…!」
彼らとすれ違い、前方を見やると、そこには信じがたい光景が広がっていた。
地面のあちこちが、まるで強酸で溶かされたかのように、ジュクジュクと泡立っている。そして、上空には、巨大な翼を持つ爬虫類型の魔物――ワイバーンが、悠々と旋回していた。
「やべえ…!なんでこんな街道沿いに…!」
本来、ワイバーンは単独で行動することが多いはずだ。だが、よく見ると、その周囲には数体の小型の飛竜が付き従うように飛んでいる。まるで、群れを率いるリーダーのようだ。
「フィン君、あれ…!」
ハンナが指さす先、ワイバーンの首元に、何か黒ずんだ首輪のようなものが嵌っているのが見えた。
『あれよ、マスター!あの首輪が、ワイバーンの魂を無理やり支配し、凶暴化させている!帝国の兵器と同じ、魂を奴隷にする邪悪な魔術よ!』
なるほど、合点がいった。これは、隣国ガルガン帝国による、一種の威力偵察か、あるいは生物兵器の実験なのかもしれない。
「ハンナ、伏せろ!」
ワイバーンが、俺たちを獲物と定め、急降下してくる。
口から吐き出された緑色の毒液ブレスを、俺たちは紙一重でかわした。
「くそっ、このままじゃジリ貧だ!」
『マスター!マスター!私を!私を使って!』
背中のアスカロンが、脳内で必死に叫んでいる。
(分かってる!だが、公爵に届ける前に、ここで使うわけには…!)
しかし、ワイバーンはそんな俺の事情などお構いなしだ。
「…くそっ、仕方ねえ!」
俺は覚悟を決め、アスカロンを布の包みから解き放った。
「ごめんな、アスカロン!いきなり実戦投入だ!」
『望むところよ!さあ、早くあなたのそのたくましい腕で、私を握りしめて!』
「いくぜ、アスカロン!俺たちの初陣だ!」
俺はアスカロンを天に掲げ、ありったけの魔力を注ぎ込む!
アスカロンの刀身は、太陽のように眩い光を放ち始めた。
「喰らえええええええッ!」
俺がアスカロンを振り下ろすと、その切っ先から光の刃が射出され、一直線にワイバーンへと向かう。
「グオッ!?」
光の刃は、ワイバーンの右翼の付け根を、正確に貫いた!
「ギイイイイイイイイイアアアアアアッッッ!!」
断末魔の悲鳴を上げ、ワイバーンは錐揉みしながら地面へと墜落していく。
その瞬間を見計らったかのように、地響きと共に、十数騎の騎馬部隊が街道の向こうから現れた。先頭を駆けるのは、白銀の鎧に身を包んだ、凛々しい女性騎士だ。
「ワイバーン出現の報は受けていたが…これは…」
女性騎士――ベアトリス・フォン・ルミナスは、墜落したワイバーンと、光り輝く聖剣を構える俺を見て、絶句した。
(父上の報告にあった『聖剣に選ばれし者』…本当に、一人でワイバーンを…!?)
彼女の驚きは、しかし、次の瞬間、深い疑念へと変わる。
(いや、待て。あの男、なぜ聖剣を持っている?あれは我が家の宝。なぜ、公爵家でもない、ただの村の鍛冶師が…?まさか、父上を騙して聖剣を奪ったのか?あるいは、聖剣そのものが、この男に魅入られてしまったとでも言うのか…?)
彼女の冷徹な瞳が、俺という未知の存在を、最大の警戒対象として捉えた瞬間だった。




