第1話:雷鳴と神眼の目覚め(挿絵)
生成AIで画像を作ってみました。
この話数から自動で作っただけなので、本文や他の画像との矛盾はご容赦ください。
「鉄は、生きている」
師匠であるドワーフのグンドハルは、口癖のようにそう言った。炎の色を見つめ、槌音に耳を澄まし、まるで気難しい恋人の機嫌を窺うように鉄と向き合え、と。
「いや無理でしょ。無機物ですやん」
俺、フィン・アッシュフォージは、│火床の中で赤らむ鉄塊を睨みつけ、思わずぼやいた。ふいごを操作する腕がだるい。ここは剣と魔法のファンタジー世界。俺はしがない見習い鍛冶師。その実態は、日本の平凡なキャンパスライフを謳歌していたはずが、気づいたら赤ん坊としてこの世界に転生していた、元男子大学生である。こちらの両親は早くに亡くなり、親友だったドワーフのグンドハル師匠に引き取られ、今に至る。
転生特典? チート能力? そんなものは一切なかった。あるのは、前世で培われた(主に講義中にスマホで得た)浅く広い知識と、健全な男子としての煩悩だけだ。
「フィン君! 水汲み終わったわよー!」
鍛冶場の入り口から、幼馴染のハンナが声をかけてくる。瑞々しい笑顔に、汗で張り付いた薄手のシャツが、その…大変けしからん。うん、今日も村は平和だ。
「お、サンキュー! 助かるぜ!」
俺は努めて爽やかな笑顔を返しつつ、視線は重力に従って自然と下に…いや、違う、水瓶にだ。あくまで水瓶だ。前世の記憶があるせいか、俺はどうにも同年代の女子に弱い。特に、こう、豊満な曲線美には抗いがたい何かを感じてしまう。師匠が言う鉄の魅力も、そういう曲線美に通じるものがあれば、もっとやる気が出るのだが。
そんな邪なことを考えていたからだろうか。厄介事はいつも突然やってくる。
「おい、鍛冶屋! グンドハルはいるか!」
土足で踏み込んできたのは、この村を治めるグリマルド男爵の私兵たち。その中心には、でっぷりと肥えた男爵本人が不機嫌そうに立っていた。
「あいにく、師匠は街まで買い出しに。三日は戻りませんぜ」
「ちっ、使えんドワーフめ。まあいい、小僧、お前でも構わん」
男爵は顎で荷馬車を指した。そこには、赤錆の浮いた、どう見ても質の悪い鉄屑――鉱山から出た選別漏れのナマクラ鉄――が山積みになっていた。
「これだ。この鉄で、一週間以内に長剣を百本用意しろ。我が兵団の装備を新調してやる」
「……は?」
耳を疑った。この鉄屑で、剣を? しかも百本? 正気か?
鉄という金属は、含まれる炭素の量でその性質が大きく変わる。炭素が少なすぎれば柔らかく、多すぎれば硬いが脆くなる。剣に適した「鋼」を作るには、絶妙な炭素量と、それを均一にする高度な技術が必要なのだ。目の前のこれは、不純物だらけで炭素量もバラバラな、ただの鉄塊だ。これで剣を作れば、数回打ち合っただけで折れるか曲がるか、悲惨な未来しか見えない。
「男爵様、ご冗談を。この鉄ではまともな剣など…」
「口答えをするか! 領主の命令だぞ! できないとあらば、この鍛冶場に重税を課すまでだ!」
典型的な悪代官ムーブ! 権力を傘に着た横暴そのものだ。ハンナが心配そうに俺の袖を引いている。ここで逆らえば、師匠の、そして村のみんなの生活が脅かされる。
「……承知、いたしました」
俺は歯を食いしばり、頭を下げるしかなかった。男爵は満足げに鼻を鳴らし、兵士たちと共に去っていく。残されたのは、絶望的な量の鉄屑と、途方に暮れた俺だけだった。
「どうしよう、フィン…」
「大丈夫だ。なんとかする」
ハンナを安心させるように笑ってはみたが、内心は冷や汗だらだらだ。どうする? 前世の知識? ダマスカス鋼の作り方とかネットで見たことあるけど、再現できるわけがない。たたら製鉄? 無理無理。俺にできるのは、師匠に教わった基本の鍛冶だけだ。
◇
その夜、俺は一人、鍛冶場で鉄屑の山と睨み合っていた。外はいつの間にか分厚い雲に覆われ、ゴロゴロと不穏な音が鳴り響いている。
「クソッ、どうすりゃいいんだよ…」
火床に鉄塊を放り込み、ふいごを踏む。赤く熱せられた鉄を金床に乗せ、槌を振り下ろす。カン、カン、と鈍い音が響くだけ。師匠が打つ時のような、澄んだ反響音はしない。鉄が、まるで死んでいるかのようだ。
「ああ、もう無理だ…詰んだ…。いっそこのまま夜逃げして、隣国でポテトでも売るか…」
人生を諦めかけた、その時だった。
ピカッ!
鍛冶場の天窓が真昼のように白く輝き、直後、鼓膜を突き破るような轟音が世界を揺がした。
「ぐっ…!?」
咄嗟に身を伏せた俺のすぐそば、地面に突き立てていた鉄の棒に、天からの雷が吸い込まれるように直撃した。凄まじい衝撃波と熱風が俺の体を吹き飛ばす。薄れゆく意識の中、俺はなぜか「避雷針の原理って異世界でも有効なんだな」なんて、場違いなことを考えていた。
どれくらい時間が経っただろうか。
焦げ臭い匂いで目を覚ますと、鍛冶場の中はめちゃくちゃになっていたが、幸い火事にはなっていなかった。
「いってぇ…全身打撲かよ…」
体を起こした瞬間、俺は異変に気づいた。
世界が、違う。
いや、見えているものが、違う。
目の前にある鉄屑の山。それはもう、ただの錆びた塊ではなかった。一つ一つの鉄塊から、まるでオーラのように淡い光が立ち上り、その内部には無数の光の線や粒子が複雑に絡み合い、脈動しているのが『視えた』のだ。
「な、なんだこれ…目が、イカれたのか…?」
混乱しつつも、俺は吸い寄せられるように一つの鉄塊を手に取った。すると、脳内に直接情報が流れ込んでくる。
(――炭素量、不均一。ケイ素、マンガン、不純物多数。脆い。だが、中心核に純度の高い鉄の『魂』が眠っている――)
魂?
訳が分からない。だが、俺の目は、その「魂」とやらを解放するための最適な手順を、まるで設計図のように示していた。光の点が「ここを叩け」と明滅し、光の線が「この角度で折り返せ」と教えてくれる。
「……やってみるか」
失うものは何もない。俺は半信半疑のまま、火床にその鉄塊をくべた。鉄が赤熱すると、内部の光の粒子が活発に動き出すのが視える。
金床に乗せ、光が示す一点に、槌を振り下ろす。
キィン!
今までとはまるで違う、高く澄んだ音が響き渡った。手応えが違う。鉄が、槌を吸い込み、喜んでいるかのように感じる。
「すげえ…! 大学の講義じゃ、鉄の組織はマルテンサイト変態がどうとか言ってたけど、そんなレベルじゃねえ! こいつ、魂で『もっと叩いて! もっと私を形作って!』って訴えかけてくるぞ!」
俺は無我夢中になった。叩き、折り返し、再び叩く。光の導くままに槌を振るうたび、不純物が火花となって飛び散り、鉄の魂が純化されていくのが視えた。刀身を成形し、最後の仕上げである「焼き入れ」の工程へ。熱した刀身を水に入れるタイミング。早すぎても遅すぎても、最高の硬度は得られない。
すると、刀身が特定の温度に達した瞬間、全体が眩い黄金色の光を放った。
「――今だッ!」
俺は寸分の狂いもなく、刀身を水槽に突き立てた。ジュウウウッという激しい音と共に、白い蒸気が立ち上る。
水から引き上げた剣身には、まるで夜空に浮かぶオーロラのような、複雑で美しい刃文が浮かび上がっていた。クズ鉄から作ったとは到底思えない、芸術品のような一振り。
俺は完成した剣を手に取り、その完璧なフォルムに恍惚となった。
「これだ…! これだよ! 俺の求めていた理想のボディ! この滑らかな鎬筋、スラリと伸びた切っ先、そして腰元の見事なくびれ…! ああ、なんて官能的なんだ…!」
剣の美しさを、前世で愛でたフィギュアやアイドルのそれに重ね合わせ、うっとりと頬ずりしようとした、その時だった。
「――フィン、お前…雷に打たれて、ついに頭のネジまで飛んでいったか?」
背後から、地の底から響くような呆れ声。振り返ると、そこには屈強な体躯に編み込みの髭を蓄えた、師匠グンドハルが仁王立ちしていた。どうやら嵐を避けて、思ったより早く帰ってきたらしい。
「し、師匠! いつの間に!?」
「貴様が鉄の剣相手にいやらしい独り言を呟いておる時からじゃ。見てみろ、ハンナがドン引きしておるぞ」
師匠の脇から、顔を真っ赤にしたハンナが「ふ、フィン君の…破廉恥…!」と涙目で俺を指差していた。違う、違うんだ! 俺はただ純粋に、この剣の造形美を称えていただけで!
「ち、違いますって! それより師匠、これを見てくださいよ! 俺、やりました!」
俺は慌てて弁解しつつ、手の中の剣を師匠に差し出した。グンドハルは俺の奇行に呆れつつも、その剣に目を落とした瞬間、ギョッとして目を見開いた。
「なっ…!?」
彼は剣をひったくるように受け取ると、指で刃を弾き、その澄み切った音色に耳を澄ませ、刀身に浮かぶ刃文を食い入るように見つめた。その表情は、みるみるうちに驚愕へと変わっていく。
「馬鹿な…あの鉄屑から、これほどの『魂』のこもった剣が打てるだと…? この刃文…まるで伝説の鍛冶師が打ったようだ…」
グンドハルは剣と俺の顔を交互に見た。その瞳には、混乱と、畏怖のような色が浮かんでいる。
「フィンよ…お前、一体何に目覚めてしもうた…?」
その問いに、俺はなんと答えていいか分からなかった。ただ、目の前の鉄たちが、俺に向かってキラキラと輝きながら「次は私を!」「私をもっと美しくして!」と、無言のラブコールを送ってきているのだけは、はっきりと視えていた。
師匠は深く長いため息をつくと、ぶつぶつと呟いた。
「これは…とんでもないことに目覚めたやもしれんのぅ…」