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女伯爵フォルテの華麗なる婚約騒動  作者: 清水薬子


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哀れな結末と動き始める王太子妃

 あっけないものだった。

 執務中、報告書の束に紛れて届いた一枚の書簡。王都・司法局印。

 開封するまでもなく、内容はわかっていた。けれど、それでも私は目を通した。


「……処刑、執行済み」


 手書きの筆跡は簡素で、感情の余地など微塵もなかった。

 法に則り、裁かれ、絞首刑に処された。

 国家反逆罪、禁忌とされる魔道具を使用した罪、領主殺害未遂──罪状は三つ。減刑の余地はなかった。


(本当に、最後まで……馬鹿な男だった)


 私はそっと書簡を閉じ、デスクの隅に置いた。

 冷たい風が窓から吹き込む。春は近いが、まだ空気は冬を引きずっている。


 あれほど高慢で、傲慢で、己の血筋と立場に胡座をかいていた人間が。

 何一つ守れず、何一つ理解されぬまま、ただ一人で死んでいった。


 報告によれば、面会人は一人もいなかったという。

 平民聖女は、レオンが王籍を剥奪された時から行方を眩ませていたそうだ。婚約破棄の慰謝料を払う為に借金を重ね、素性の怪しい輩からも高額で借り入れては散財をやめなかったそうだ。

 最後まで、彼らは自分が何を間違えたのかすら気づけなかったのだろう。


 あの人は、私を一度として「人」として見ていなかった。

 私の価値は、家柄。魔力量。政略の道具。

 会話も、笑顔も、感情も、全ては装飾にすぎなかった。


「冷たい」と言われたのは、私の方だった。


 だが、本当に冷たかったのは──

 誰の心にも触れようとしなかった、あの人の方だったのだ。


 それでも。


(……可哀想に、レオン)


 私はそう思った。


 どれほど愚かで、醜くて、矮小だったとしても。

 誰にも寄り添われず、誰にも弔われず、名前だけが記録に残っていくその姿を想像すれば、さすがに胸が痛んだ。


 けれどそれは、かつての婚約者としてでも、敵としてでもない。


 ただの、一人の人間として。

 誰にも愛されず、最後まで誰の心にも触れなかった者への、純粋な哀れみ。


 ……私はもう、過去に囚われていない。

 あの人の名を思い出しても、怒りも、恨みも、恐怖も湧いてこない。


 あるのは、ただ、乾いた風のような空虚さ。


(あなたの行いがもたらした結果は、私の未来とは、もう関係ない)


 私は目を閉じて、深く息を吐いた。


 静かな空気の中、扉の隙間から執事のギルバートが控えめに顔を覗かせた。

 すぐに続いて、侍女のティナも入ってくる。


「閣下……お話を聞きました」


 ティナの声は震えていながらも、真っ直ぐにこちらを見つめている。


「……あの男のことだ。驚きもしなかった。だが、こうして終わった以上、私たちの進むべき道を見据えなければならない」


 私は静かに返す。


 ギルバートが肩を落としながらも、丁寧に頭を下げた。

「はい、閣下。レオン殿は最後まで己の過ちに気づかぬままでしたが、閣下のご決断が、この領地の平穏を守ることに繋がりました」


「平穏……」


 少しだけ息をつく。

 ティナが口を開く。


「レオン殿下は確かに……愚かでした。でも、閣下のことを慕っていた者もいます。……私も、あの頃の閣下のことを考えると、心が痛みます」


「ありがとう、ティナ。だが私も、あの過去を引きずることはしない」


 私は微笑みながらも強く言い切る。


「今は未来を守ることに集中しなくては。これからも、あなたたちと共に」


 ギルバートが頷き、「いつでも閣下のお傍におります」と約束した。


 私は深呼吸し、窓の外の芽吹き始めた枝を見つめた。


「私たちがやるべき事はまだある」


 机の上に積もった手紙を開封する作業に戻った。

 その中で、気になるものを見つける。


「これはリーシア王太子妃の紋章か」


 王家の者は、王家の紋章とは別に個人の紋章を持つ。

 王太子の妃として迎え入れられた異国の姫リーシアにも、所縁のある国花とこよなく愛するリスをあしらった紋章が与えられている。


 レオンと婚約している間、何かと気にかけてもらった。

 陛下から貴族行事への参加は免除されているが、王太子妃からの手紙を読まずに捨てるわけもいかない。


 封を開け、中身に目を通す。


「困ったな、お茶会への招待状とは」


 頭を抱える私をよそに、ティナは手を合わせて喜ぶ。


「まあ、おめかしならばこのティナにお任せくださいませ!誰よりもフォルテ様を美しく仕上げますわ!」


「問題はそれだけじゃない。パートナー同伴、らしい。しかもら身分と出自は問わないと」


「まあ……まあまあ……!」


 ティナは満面の笑みを浮かべつつも口元を押さえる。

 ギルバートがポツリと呟いた。


「セドリックに話を通しておきましょう。グレンには妻がおりますし、私には今は亡き妻がまだ心におりますゆえ、同伴は難しいのです」


「ギルバート、この状況を楽しんでいないか?」


「主君の窮地に活躍できず、申し訳ないばかりです……ふ、ふふっ」


 グレンは露骨にニヤニヤとしながら腕を組む。


「へえ、ふうん、冬のような閣下にもついに春が来ましたか。あの男がまさか閣下を射止めるとは……意外とわからんもんですなあ」


 グレンを睨みつけると、彼は肩を竦めて巡回に戻ると言い残して部屋を出ていった。

 ティナはいそいそとドレスの手配をすると駆け出し、ギルバートはセドリックに手紙を出す為に便箋を取り出す。


 静かさを取り戻した執務室で、王太子妃からの手紙に視線を落とす。


 レオンの処刑後に送られたこの手紙とお茶会への誘い。

 そして、パートナーの出自と身分を問わないという文言。

 あの人の手腕は近くで何度か見た事がある。


 恐らく、私を取り巻く状況などとっくに筒抜けなのだろう。

 セドリックのことも。


 冷や汗が伝い落ちる。

 あの人は、恋バナが大好きなのだ。

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