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人形遣い  作者: 壷家つほ
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前編

 この世界では人間と、人間とは異なる性質を持った「魔族」という存在が対立していた。そして長きにわたる戦争の果て、勝利したのは魔族の方であった。人間は滅亡こそしなかったものの、迫害を受け、明日をもしれぬ生活を送る。やがて、人間達の不満の矛先は抗することが叶わぬ魔族ではなく、御し易そうな同胞へと向かった。例えば魔族の様に不可思議な力を操る魔法使いに対して、である。

 ある廃墟に一人の青年が遣って来た。彼もまた同胞の悪意によって故郷を追われた者の内の一人である。魔族から隠れながら、彼は安住の地を求めてこの滅んだ街へと流れ着いた。見付けたのは偶然の出来事だ。当て所ない旅の途上で立ち寄ったのだ。

 魔族が来た痕跡があるにも関わらず、この街の建物の損傷は然程大きくはなかった。侵攻を事前に察知した住民達が先に他所へ逃れ、尚且つ敵にとっても要所ではなかった為、破壊を免れたのかもしれない。とは言うものの、少なからず略奪は行われた様で、食料や生活用品の類は殆ど残されてはいなかった。しかしながら、無人である上に雨風が凌げる場所は、この魔法使いの青年にとっては救いに他ならない。

(不幸中の幸いだったな。否、この考え方は勇者の弟子として相応しくない。改めなければ)

 頭を振りながら、魔法使いは懐かしい人物を思い出した。その相手は彼とは大して年が離れていなかったが、魔族の王を滅ぼすとされる「勇者」という大役を神託により与えられた傑物であった。「勇者の弟子」というのは自称だ。しかし、士官学校で魔法を学んでいた折に勇者の目に留まった彼は、卒業と同時に王城に召し抱えられ、そこで様々なことを実際に勇者から教わった。故に、恩義や経緯は弟子が師に送るものと大差なかった。

 魔法使いは大切な思い出の景色を閉じ込める様に、そっと瞼を閉じる。すると、目元が熱と痛みを宿し始めた。

 確かに勇者や同僚達と過ごした日々は、未来を楽観する子供の時分でさえ想像も付かなかった程に輝きに満ちたものであった。けれども、幸福な時間は落城と共に終わりを迎える。「王族は一早く逃亡した王太子を除いて悉く殺され、勇者は魔族の捕虜となった」と当時別の場所で戦っていた彼は後日伝え聞いた。それから後に勇者がどうなったのかは知らないが、魔族が彼を生かしておく理由は全く思い当たらないので、恐らくは処刑されてしまったのだろうと魔法使いは推測している。

「まさか、こんな日が来るなんてな」

 民家から薪を拝借して焚火を作った魔法使いは、傍らに座り込むと疲れ切った声を漏らした。現在の体たらくも嘗ては思いも寄らなかった。彼なりに人々に尽くしてきたつもりだったが、その見返りがこれだ。憤懣、悔恨、悲嘆――様々な思いが彼の胸の内に浮かんでは消えた。

 不意に煌々と燃える炎の中で黒くなった薪が音を立てて崩れた。それと同時である。物陰から土を踏みしめる音が響いた。焚火や風の音に掻き消されてしまいそうな位に小さいものだが、魔法使いはそれを聞き逃さなかった。意識を音のした方へ向ければ、確かに何者かの気配を感じる。魔族かもしれない、と咄嗟に思った魔法使いは、武器たる杖を向けて叫んだ。

「出て来い!」

 すると、ややあって旅装の男性が姿を現した。疲労の所為か、少しばかり年を取っている様にも見えるが、実際には魔法使いと同じ位の年齢であろう。男性は両手を上げ、悪意のない顔を魔法使いに見せた。

「人間? 否――」

 魔法使いは戸惑う。無意識に杖を握る手が緩んだ。

(こんな廃墟に? 魔法の使用は感知出来ていないから、幻覚や洗脳の類ではないだろうが……。ひょっとして、元住民か?)

 最後の推測に行き着いた時、魔法使いの内に気まずさが湧いて来た。今は止むを得ない状況とは言え、平時ならば彼の行いは不法侵入に不法占拠、そして窃盗だ。魔法使いは思わず冷や汗を掻き、言い訳を考え始めた。

 ところが、だ。相手の男性は奇妙にも喜色満面となり、親しげに話し掛けて来たのだ。

「おお、生きていた! やはり、生きていた! 君、武器を下ろしたまえよ。私は敵ではないと君も知っているだろう? それとも、まさかたった数年顔を見なかった位で、親友であるこの私を忘れてしまったとは言わないだろうね? 酷い男だ。机を並べ励まし合った日々は一体何だったのか」

 初めの内、魔法使いは意味が分からず硬直した。だが、相手の言葉を手掛かりに記憶を探り、暫くして答えに行き付く。彼は疲労を忘れて「ああ!」と叫び、破顔した。

「友よ、君も生き延びていたのか! 良かった……」

 久方振りの明るい知らせだ。眼前の男性は間違いなく魔法使いの学友であった。しかも、友人自身が言う様に一番親しかった相手だ。成績優秀なだけでなく、名家の出ながら如何なる立場の人間にも分け隔てなく接する優しさと胆力を持った少年だった。卒業後は別々の道を歩んだ為、交流は途絶えてしまったが、彼より受け取った無形の贈物は大人になってからも役立ったと感じている。そんな友人の顔をすっかり忘れてしまっていたことを魔法使いは酷く恥じた。

 一方で、友人は草臥れた服を触りながら苦笑する。

「辛うじて、だがな。家の方は早い内になくなってしまったよ。情けない限りだ」

「済まない。配慮が足りなかった」

 重ねて失礼を働いてしまった魔法使いは意気消沈し、俯き加減になる。だが、思い出の中と変わらず気さくな友人は、相手の失態を意に介さず、逆に笑声を上げてみせた。

「構わないよ。お互いに生きていたのが喜ばしいのは確かだ。しかし君、魔族に支配された今の都にいられなくなったのは兎も角として、どういった用件でこんな廃墟に留まっていたんだい? ここは故郷ではないのだろう? 違っていたか? 以前聞いた場所はもっと南の方であったと思うのだが」

「ああ、君の認識に誤りはないよ。故郷は色々あってな。住めなくなってしまったんだ。今は新しい住処を求めて放浪中さ。情けない話だよ」

「そうだったのか……。しかし、それは困ったな」

 途端に友人が深刻な表情となり、腕を組んで唸る。魔法使いも何時の間にか再び緩んでいた口元を引き締めた。

「何か僕に頼み事でもあったのかい?」

 魔法使いが尋ねると、友人は組んだ腕を解いて質問で返す。

「君、もし今、魔族と戦えと言ったら出来そうか?」

「相手による。平均的なものなら、数匹位は何とか。でも、上の方となると僕一人ではどうにもならないよ」

「勿論、君の能力は私も重々承知しているよ。訓練で散々見て来たからね。だから、そういう話ではなく体力や精神面に関することだ。対魔族の武装組織があったら参加を希望するか、と」

「王太子殿下がお作りになった組織のことを言っているなら、僕は参加出来ないぞ。あの御方に追放された身だからな」

 魔法使いは益々暗い顔になった。そして、故郷に戻る前の出来事を思い出した。

 落城後、彼は逃亡中の王太子一派へと合流した。彼等が魔族に対抗する為の組織を立ち上げ、戦闘員を募っているという噂を耳にしたのだ。しかし、純粋に一助となりたいとの思いを抱いて遣って来た魔法使いを王太子は冷たく突き放した。勇者が後押しする程の才覚を持った者に対して、である。

 友人は大袈裟と感じる程に驚いてみせる。

「『追放』? どうして? 否、それよりも今はその様な事態になっているのか」

「殿下は元々魔法使いには余り良い印象を持っていらっしゃらなかった。組織結成を機に身辺から排除なさったんだと思う。あと、余りこういう話を大っぴらにしてはいけないのだけれど、どうやら殿下は勇者様に対しても不満がおありになったらしく、彼の御方と近しい間柄にあった者も同時に排除されたと聞いている。僕はどちらの条件も満たしてしまうから、門前払いであったのだろうな」

「何とまあ、そんな調子でどうやって魔王軍を退けるおつもりなのか。ともあれ、私が言っているのは別の組織だよ。王族に対して不敬ではあるけれども、王太子様の組織よりは将来性が高い筈だよ」

 友人は、にやりと笑う。悪戯っ子の様なその表情は、彼の見た目を幾許か本来の年齢に近付けた。それが魔法使いを不安にさせる。相手の内面の幼さや迂闊さが、透けて見えた気がしたからだ。

「それは一体?」

 緊張の面持ちで魔法使いが尋ねると、友人は「待ってました」と言わんばかりに胸を張った。

「勇者様が立ち上げた組織さ」

「え?」

 魔法使いは驚きの声を漏らした。すると、友人は堪え切らないと言わんばかりに噴き出す。

「驚いたかい? でも、真実さ。実はね、私は勇者様のご命令でここに来たのだよ。『彼はこの集落に潜伏している可能性がある』と仰って。そしたら、見事に的中。流石は勇者様だ」

「待ってくれ。勇者様は亡くなられたのではないのか?」

「まさか! あの勇者様がそう易々と倒される訳がないだろう。とは言うものの、敗北を喫して一時期魔王軍の捕虜となっておられたのは事実だそうだ。だが隙を見て脱出し、今では勇士を集めて反抗の機を窺っておられる。そこに君も参加してほしい、とお考えなのだよ」

「そう、だったの、か?」

 納得し切れず魔法使いは目を泳がせる。戦場を渡り歩いた者の直感が「何かおかしい」と警鐘を鳴らす。

(話が出来過ぎている気がする。罠ではないのか? しかし、未だに魔法の気配は感知出来ない。ならば真実か? ……この考え方は極端だな。兎にも角にも判断の為の情報が足りない)

 疑念から来る沈黙を怖気による躊躇と捕らえたのか、友人は次第に悲し気な顔になっていった。微かに侮蔑の念も混じっているのかもしれない。

「まあ、君がそれ所ではないのであれば、友人の私としては無理強いはしたくない。勇者様には上手く言っておこう。君は生き続けること、少しでも穏やかに暮らすことを優先してくれ。嫌味ではなく、本心からの願いだ」

 けれども、魔法使いは首を横に振る。

「大丈夫だ。勇者様が望まれるのなら僕も戦うよ。大恩がある。報いなければ」

「そうか。ならば案内しよう。付いて来てくれ。実は直ぐ近くで待っておられるのだよ。『世間では死んだ噂さえ流れている私がいきなり会いに行っても、きっと魔族の罠だと疑われるだろうから』と先に使いを寄越されたのだ。全く以って正解だったな」

 安堵の笑みを浮かべて友人は踵を返す。魔法使いはその後に従った。相手の言葉を完全に信用した訳ではない。ただ、状況確認は必要だ。裏切られ続けた彼は、まだ何の罪も犯していない相手に対しても疑心暗鬼になっていたのだ。



 道中、暫くは無言の状態が続いた。久方振りに会ったのだから雑談の一つもあって良いものだが、何故かお互いそんな気分にはならなかったのだ。やがて、友人は嬉しそうに鼻歌を奏で始める。緊迫した状況にそぐわない陽気さだ。魔法使いはやや不快感を抱いて彼に尋ねた。

「こんな状況でも君は本当に元気だな。良い傾向ではあるが」

 若干抑えた表現だ。その所為か、友人には真意が伝わらなかった。

「目聡いな。流石は宮廷魔術師だ。君の言う通りだよ。確かに嬉しい気持ちもあるんだ。勇者様と共に戦うことは私の夢だったからな。一度は諦めた道がこんな形で実現するなんて思わなかったよ」

 背中を向けている所為で表情は見えないが、声の調子から友人の言葉に嘘がないのは魔法使いにも理解出来た。彼は友人へ言葉を返さなかった。相手を責められなくなってしまった。

 嘗て士官学校を訪れた勇者が魔法使いを見出した折、側にはこの友人も立っていた。当時の友人は能力も身分も正義感も、勇者への敬慕さえも魔法使いより優れていた。しかしながら、友人は勇者の視界には入らなかった。彼程の出自ならば、手を尽くせば自力での宮仕えも可能であっただろうが、失望した彼は卒業後は領地へと帰還し、王城にも戦場にも一度も赴かなかった。やがて、住む世界を違えた彼は都の人々の記憶からも遠ざかってしまった。

 そういった経緯を根拠に「魔法使いは本来納まるべきであった者からその立場を奪った」と見做せなくもない。少なくとも魔法使い自身はそこに思い至って気まずくなった。

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