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王子に「お前の髪は美しくない」と言われ婚約破棄されました。あなたと結婚なんてこちらから願い下げです!

作者: abcアンタル

この世界には、魔法や魔導士などのようなものはありません。……通常は。

「フォアート侯爵令嬢!私は、貴様との婚約を破棄する!そして新たに、リェーチ男爵令嬢と婚約する!」


 ……はぁ?このタイミングで、この場所で、馬鹿王子は何を言っているの?頭沸いているの?


 それは、王立学園の卒業パーティーも半ば、というタイミングでの出来事だった。耳がキーンとするほど会場内に響き渡るほど大きな声で、フォアートの婚約者だった第二王子、ロガノフが婚約破棄を宣言した。


 私、ロガノフ様の近くにいるし、別にそんな大きいな声を出さなくてもいいと思うんだけど……?何ていう怒鳴り声。そんなに大きな声が出るなら、サーカスの客引きに向いてそう。


 フォアートは、現実逃避気味にそんなことを考える。本人にこんなことを直接言ったら、一国の王子になんてことをさせる気だ!?と言われそうではあるが。


「ロガノフ様、落ち着いてください。わたくしたちの婚約は親同士が決めたものですので破棄は難しいかと思われます。それにわたくしは、婚約破棄される理由が全く思い当たらないのですが、一体なぜでしょう?」

「しらばっくれるなぁ!お前が一週間前の茶会で、リェーチの紅茶に毒を盛ろうとしたことは知っているんだぞ!証拠だってあるんだからな!」

「うっ……ううっ……ロガノフ様ぁ、わたくしぃ、前からフォアート様にいじめられてぇ……ぐすっ、何度もいやだって言ったのにぃ……ぐすっ、ひっく……この前の紅茶に混ざっていた毒で高熱が出て一週間くらい寝込んでたんですぅ……ぐすん、辛かったよぅ……」

「あぁ、可哀想に……おいっ、どうしてくれるんだっ、フォアート!」


 ……お茶会にリェーチ様いたかな?あんまり記憶にないなぁ……。確かあのお茶会、沢山の人を招いたから、リェーチ様に嫌われている私は挨拶しかしてないと思う。その状況で毒は無理じゃない?それに、私はリェーチ様をいじめた覚えはないよ?どういうこと?


 フォアートは溜め息をつきたいのを何とか堪える。これはただ単にフォアートが現実逃避したいと思いつつ抱いた感想である。頭の隅で種々考えてはいるが、フォアートは元々、彼らが自分を貶めようとしているのは知っていた。しかしそれを敢えて止めず、それに便乗して王都外の山へ逃げる計画を立てていた。この流れはその要であるが、冤罪を疑われるのはやはり腹が立つ。悪いのはお前らだ、と声を大にして言いたくなる。


 確かに今ここで、証拠を片手にロガノフたちを追及し、彼らを断罪すればすっきりはするだろう。それでもきっと、第一王子の側室か、第三王子の正妻になるだろうということは目に見えている。そうなれば、今以上に執務に追われるのは必至である。第一王子の仕事量は言わずもがな、第三王子もかなりの天才と称されているのだ。そうならないわけがない。


 さらに、相手が原因で婚約破棄、などということになってしまえば、社交界で憐れみと同情の視線を集め、嘲笑されるのは目に見えている。


 そんなの、絶対に嫌!私は今ここで、「リェーチ男爵令嬢に毒を盛って婚約破棄された、侯爵家の恥知らず」として王都を追放され、面倒くさいこととは無関係な平民として山奥に引きこもって幸せな隠居生活を送りたいの!何としても、王子に追放宣言してもらわないといけないの!

 わたしは!自由に!なりたいの!!


 そのためならフォアートは、ロガノフとリェーチが望む「悪役令嬢」を演じることは厭わないのだ。彼らの思い通りになるのは腹が立つが、それで何十年分の幸福が手に入るのなら安いものだ。

 フォアートは少しだけ深呼吸をしてから、それらしくバサッと扇子を広げ口元を隠し、聞かせるように溜め息を吐く。


「はぁ……。学園の卒業パーティーで、いったい何を言い出すのかと思ったら……そんなくだらないことですか。興醒めしましたわ」

「くだらないこと、だと!?リェーチが傷ついているというのに!?ふっざけるな!今すぐ彼女に謝れ!」

「フフッ、そんな、たかだか男爵令嬢へのいじめが、何になるというのですか?そんなもの、わたくしの家の権力で簡単に揉み消せるのですよ?その程度のことでわたくしとの婚約を破棄できるとお思いとは……笑ってしまいますわ、つくづく愚かですわね」

「貴様ぁ……!口が過ぎるぞ!第二王子であるこの私に、そんな無礼な物言いが許されるとでも思っているのか!?」


 このタコ王子、激高するとやたらと言葉のアクセントが強くなるのだ。会話しているこっちが疲れる。しかし、フォアートの狙いは王子に怒ってもらうことなので特に問題はないが。


「ええ、もちろん。わたくしはロガノフ様の『婚約者』ですからね」

「だから、貴様との婚約は破棄……」

「ええ、けれど、王家の権力で強制的に婚約破棄をする場合、国王陛下と宰相が書類にサインをしなければ成立しませんわ。まさか、あなたがただ署名しただけのそれが、効力を持っているとでもお考えで?」


 フォアートが鼻を鳴らすと、王子は顔を真っ赤にする。彼を長年見てきたフォアートは知っている。これは、王子が怒りの頂点に達する一歩手前であるということを。


 意外と悪役令嬢が様になっている気がする。いい感じじゃない?あとは激怒して理性を失ったロガノフ様に国外追放を言い渡されればもう完璧!たかだか侯爵令嬢は、第二王子に勝るだけの権力なんて持ち合わせていないから仕方ないよね?うん、仕方がない!


 などと、フォアートが悪役令嬢らしい笑みを浮かべつつ、自分が言っていることとは正反対のことを考えていた。普段のフォアートを知っている人ならば、彼女が普段このようなことを言わないと気が付くはずだ。だが、婚約者を放置してリェーチに夢中になっていたロガノフが気づくはずがない。

 ちなみに、学園の卒業パーティーには外部の人間は招待されない。参加できるのは卒業生のみで、ほかの在校生はパーティーの運営を行う。つまりこのパーティーは、第二王子に反論できるだけの権力を持つ人がいないのだ。


「うぅ……ロガノフ様ぁ……フォアート様が怖いですぅ……しくしくしく……」

「……リェーチと正式に結婚できるまで待ってやろうかと思っていたが、私ももう我慢できない!侯爵令嬢ごときが、王子をコケにしやがって!貴様は本当に、傲慢で、暗くて地味で陰気で……」


 え?傲慢って、ロガノフ様がそれを言っちゃうの?リェーチ様も一目で泣き真似って分かるような泣き方してるし……この人たち、本当に大丈夫?仮にも貴族、だよね?


「……その上、細かいことにうるさくて、友達付き合いにも口出してくるし、それから……」

「わたくしも身分の差がどうこうとか、ぐちぐち言われましたぁ」


 それは、ロガノフ様が危ない人と絡んでたからでしょ!?明らかにどこかのスパイだっていうのに、ベラベラと情報を喋ろうとするから!それに身分差は真面目に考えて!親切心から来る忠告だから!周りの貴族の冷たい視線、今まで気が付かなかったの?


「それから、俺には身だしなみについてどうのこうの言ってくるくせに、お前は自分の髪も碌に手入れできていない!くすんで傷んだ真っ黒い髪だからな!」

「確かにぃ!フォアート様の髪って、なんていうか、何日も手入れしていない人の髪みたいですよね!瞳の色も同じような黒ですし、髪形もいつも後ろで簡単にまとめるだけだから地味だしぃ……」


 …………え゙?…………ん、ん゙ん゙……?今、あいつら、なんて……?


 それを聞いた瞬間。フォアートの中で、何かがぶつりと音を立てて切れた。周りの貴族も、まるで自ら塩の山に突っ込むナメクジを見たかのような、信じられないものを見る目で王子を見る。


 それはフォアートの地雷ワードだった。絶対に、誰も触れてはいけない話だった。それは貴族社会で暗黙の了解で、貴族は皆、一切口出ししなかった。……極一部を除いて。

 加えて、元々その地雷の原因を作ったのは他でもない、ロガノフだった。だが本人は、おそらく全く気が付いていない。


 フォアートはこの瞬間、目標を変えた。今、王子に追放されるのではなく、王子に復讐をした後で、自ら国を出ると決めた。王子に婚約破棄を後悔させ、絶対に次期王にならないようにするために。貴族社会、いやこの国全体で第二王子の肩身が狭くなるように。


 力の出し惜しみはしない。全力でこいつを泣かせてみせる!


「あー、そう考えるともっと早く婚約破棄してもよかったかもな!フォアート!私は我慢の限界だ!貴様との婚約を破棄し、男爵令嬢に毒を盛った件で、王都をついほ……」

「黙っていれば、好き勝手言いやがって……!無能でろくに勉強ができない、剣技も芸術も下から順位を数えたほうが早いくらいの成績をもらったポンコツダメダメ阿呆王子が……!」

「……フォアート、もし今のが私の聞き間違いでなければ、婚約者でも看過できないぞ?」

「あら?何が聞こえたんでしょうか?ロガノフ様の【幻聴】ではないかしら?」


 フォアートはそう言いながら、王子と距離を詰める。ロガノフは一瞬顔を顰めたが、それも束の間で、すぐに何か言おうとしたロガノフの口をフォアートは指を当てて黙らせる。

 そのままロガノフに顔を近づけると、耳元で囁く。


「ロガノフ様は、相変わらず悪知恵だけはよく働きますね」

「……え?」

「卒業生しか参加できないパーティー。国王陛下やほかの王子たちに口出しされずにこんなことをできるのなんて、今くらいですものね?今わたくしを追放してしまえば、国王陛下も宰相も婚約破棄を認めなくてはなりませんから」

「……」

「図星、ですか?フフフ、でもわたくしは逃がしませんよ?どうせならもっと大勢の前で行いませんか?」


 フォアートはにこりと微笑んでから、


「一週間後の、王家主催の建国記念パーティー。そこで片を付けることにしましょう」


 と言い残し、会場を去っていった。後に残ったのは、フォアートがつけていた香水の残り香と呆けているロガノフとリェーチ、それから噂好きの貴族たちだった。



  ❀❀❀



 一週間後。ロガノフは苛ついていた。


 くそっ!貴族たちは八割方来たというのに、フォアートはまだ来ないのか?自分から喧嘩を吹っかけておいて……失礼じゃないか?


 ロガノフが落ち着かないでいる主な原因は彼の兄と弟、つまり第一王子と第三王子にあった。


 フォアートとの婚約破棄、そしてリェーチとの新たな婚約の書類は国王と宰相に無事サインをもらうことができた。少し渋ってはいたが、自分で決着をつける、あちらに原因があった、といえば引き受けてくれた。それは早い段階で済んだのだ。

 しかしロガノフの兄弟は、婚約破棄を聞くなり、執務が途中だというにも関わらず第二王子の部屋にやってきた。特に第三王子は、まだ学園にいたというのに馬車を飛ばしてロガノフの私室に飛び込んできたのだ。二人ともどうかしている、というのが第二王子の感想だった。

 二人はロガノフが説明しても納得せず、この一週間、事あるごとにがんを飛ばされてきた。これでストレスなく過ごせというのは流石に無理が過ぎる。

 加えて、一週間前の学園卒業パーティーで、王子がフォアートに婚約破棄を突き付けたのは、既に周知の事実だった。貴族ネットワークというのはすごいのだ。今回、どう決着がつくのか、多くの貴族たちが興味を持っていた。彼らがロガノフに向ける様々な視線もまた、ロガノフの居心地を悪くさせていた。


 フォアートは来ないし、第一王子も第三王子も煩いし……やっぱりあの場で追放したほうがよかったんじゃ……


「わたくしは逃がしませんよ?」


 ふと、彼女のあの時の言葉が脳裏を過り、背筋が震える。ロガノフがそれを無理矢理忘れようとしていると、不意に、カラーン、カラーンと鐘の音が聞こえた。誰かが入場する時の合図である。


「ふ、フォアート侯爵令嬢様がご入場いたします!」


 ようやく来たか、などと考えつつ入口に目を向けたロガノフは、思わず息を吞む。


 フォアートは、周りの貴族のドレスよりも何段階かランクを落としたものを着てきていた。それでも、彼女に向けられる視線の中に驚愕はあれど、侮蔑や嫌悪の色は見えない。

 フォアートは、美しくなびく銀の髪をふわりふわりと揺らしながら、同じく銀色の瞳を伏せがちに、ゆったりと歩いていた。


 ……!


 ロガノフは言葉を失った。いったいこの国のどこを探せば、これほど美しい人が見つかるだろうか。いや、人に限らずとも、あらゆる絵画や音楽、その他の芸術品を探したところでこれに匹敵する美しさの物はないだろう。そう思わせるほどの物だった。この人間とかけ離れた何かは、ロガノフの思考を掻き乱し、言葉を忘れさせた。それほどの形容しがたい何かだった。


 その場にいた貴族たち全員に鳥肌が立ち、次の瞬間、そこにいた者は一斉に跪いていた。王家を含む全員が彼女に首を垂れていた。貴族として、人として、生物として。彼らの本能が、そうしなければならない、逆らうことは許されないと警鐘を鳴らす。

 なぜなら彼女は王家よりも貴いから。何よりも尊ばれるべきものだから。それもまた、彼らは直感で理解した。


 フォアートの一言で、この場の全員が処刑されても仕方がない。そのことに気づいたロガノフはそっと息を詰める。


 きっと、私の命もこれまでだな。一国の王子が、彼女のような高貴な者に逆らえるわけがないしな。


 そう考えた王子は、自分の体が五体満足なのはあと何分だろうか、と数え始めた。



  ❀❀❀



 フォアートは、貴族たちによって作られた道を緩慢な動作で進んだ。視界にちらちらと銀色の長髪が映る。今までは後ろで目立たないように引っ詰めていたため、少し落ち着かない。


 フォアート自身はまさか、会場に着いた瞬間貴族たちが一斉に跪くとは思っていなかった。ちょっとびっくりしてくれればいいな、程度の考えだったのだ。


 ……それがまさかこうなるなんて。


 それでも、ロガノフにプレッシャーを与えるという意味ではとても良い滑り出しだと思う。もちろん、本気のフォアートがこれだけで終わらせるはずがない。徹底的にロガノフを潰しに来たのだ。


 貴族たちによって作られた道の最奥にいるのは王族だ。フォアートは暫く無言で彼らを見下ろし、一番最初に声をかけたのは、


「国王陛下。少し質問がありますので、面を上げてくださるかしら?」

「はっ、はいぃっ!なんなりと!」


 国王だ。フォアートの美貌はもはや国王をも惹きつけ、魅了していた。本来、それを防ぐための訓練が幼少期から施されている国王が、である。


「国王陛下は、魔女という存在について知っていますか?」

「魔女というと……もしや、建国物語に登場する……」

「えぇ。黒魔術を使う者たちのことです」


 魔女は、この王国の建国物語に登場する人物だ。幻覚や幻聴で人を惑わし、言葉巧みに人を操り争いを好む者たち。それが魔女だ。

 魔女は黒魔術を使うとされ、この国では迫害の対象だった。今では数百年前の魔女狩りの影響で魔女は絶滅したといわれている。史上最悪の魔女を打ち取った騎士に英雄の称号が与えられ、それがこの国の初代国王だといわれている。


「ここからは侯爵家で今まで秘匿されてきた話なのですが……じつは、魔女の中でもしぶとく生き残った者が何人かいたらしいのですよ」


 そのうちの一人が自分の血を子に受け継がせようと画策し、侯爵家に嫁いだ。作戦は成功し、今でもフォアートの侯爵家の人間にはその魔女の血が流れている。

 とはいえ、魔女の血を引いていても、必ず魔女になるわけではない。それでも約三割は黒魔術を使えるようになる。一般人が後天的に魔女の才能を開花させることもあるが、魔女狩りの際に関係資料をほとんど燃やされたため、今はほぼ無理だといわれている。

 かくいうフォアートも、黒魔術を使うことができる。最も、露見するのが怖かったため使える黒魔術は最低限にとどめていたが。


「それで、ここからが本題なのですが……実は、魔女について書かれた大昔の文献を王家が所持している、ということを風の便りに聞いたのです。それも、侯爵家も知らないような文献をらしいのですよ」

「なっ!?」

「その文献、見せてもらえるわよね?」


 今のフォアートに逆らえるものなど、当然いるはずもなく。国内でも特級の機密情報であるそれは、あっさりとフォアートの手に渡った。


 これで、王子の断罪を遂行できる!ハッピー隠居生活まであと少し!


 フォアートは、鼻歌でも歌いだしそうなのをぐっと我慢し、文献を広げてロガノフに見せる。


「ロガノフ様、これに何が書いているか分かりますか?」

「……『数百年に一度生まれる特別な魔女』?」

「ええ。これには、特別な魔女、通称『玉桂の魔女』についての詳細が載っています。ロガノフ様、皆に聞こえるように読み上げてくれるかしら?」


 フォアートがそういうと、国王の顔が真っ青になる。フォアート一人に見せるのはよくても、大勢の前で読み上げるのはさすがにまずいらしい。外部に漏れることは変わらないというのに、だ。


「お待ちください!それは普段ならば宝物庫の最奥に保管されているものでして、その情報を無闇矢鱈と共有していいものでは……」

「それが、何か問題でも?」


 そう言ってフォアートは、真冬の氷柱よりも冷たい、しんしんと冷えた視線を国王に向ける。

 フォアートはロガノフに怒っていた。絶対にこの手でざまぁしてやると誓っていた。そのため、それを邪魔することは許されない。

 そもそも、フォアートが一週間待てたこと、そしてロガノフが既に灰になっていないことが、それだけで既に奇跡なのである。今のフォアートにとって、貧民も王族も平等。


「国王陛下は少しだまっ……いえ、静かにしていてくださいませ。さあ、ロガノフ様、早く」

「……えっと、『玉桂の魔女は、他の魔女とは異なり黒魔術の他に白魔術を扱うことができる。白魔術には怪我人や病人の治癒、気力回復や体力回復などの魔術がある。加えて、玉桂の魔女は莫大な魔術行使権限があるのではないかと言われているが、詳細は不明である。外見的特徴としては、浮世離れした容姿に月のような銀の髪と銀の瞳を持つということが、あげられ』…………」

「分かりましたか?」


 フォアートは、不自然に言葉を切らしたロガノフの顔を覗き込む。彼の顔は、国王に負けず劣らず真っ青だった。


「わたくしが玉桂の魔女なんですよ」


 そういってフォアートは静かに笑い、ロガノフと距離を詰める。宣言通り、フォアートはロガノフを逃がす気など更々ない。


「ねぇ、ロガノフ様。知ってますか?その文献は本来ならば、王族とその婚約者、及び養子関係にある者にのみ閲覧権があるんです。つまり、少し前まではわたくしにも閲覧が許可されていたのですよ」


 そういってまた一歩、ロガノフに近づく。その様子は、あたかも獲物を狙う肉食獣のようだ。


「ねぇ、ロガノフ様。知ってますか?この髪と瞳、今まで黒魔術の【幻覚】という術で黒く暗く、目立ちにくくしていたのですよ?けれどわたくし、黒魔術はあまり練習してこなかったので、あなたがいうような、『くすんで傷んだ真っ黒い髪』に見えていたのです」


 フォアートはロガノフの前に立つと、彼の顎を指でなぞる。美しい銀髪が、フォアートの肩を滑り落ちてロガノフの肩にかかる。


「ねぇ、ロガノフ様。すべて自業自得なんですよ?あなたがリェーチ男爵令嬢たちと遊び惚けなければよかったのです。あなたが常識的な態度でいれば、わたくしだって、次期国王候補の婚約者として扱われたはずなんです。次期妃候補として、きちんとした妃教育が行われる予定だったのです。その過程でこの文献を目にする機会だってあったでしょう、そうなればわたくしは、自分の能力についてロガノフ様にお話ししましたわ。あなたとわたくしでこの国の頂点に立つことも夢ではなかったのです」


 フォアートは一息に捲し立て、再度冷たい笑みを浮かべる。その笑みはまるで、真夜中の暗く冷たい北の海のように、冷ややかで、真っ黒で、真っ暗だった。

 フォアートは王子に囁く。真っ黒で真っ暗なまま、耳から後悔を吹き込ませる。


「わたくしは風の精霊と契約し、近いうちにこの国で大災害が起こるようお願いしました。あなたの愚かな行いが、国民を危険にさらすのです。王家の名を失墜させるのは、あなたですよ、馬・鹿・お・う・じ」


 フォアートはそう言い残してから、会場を入り口に向かって歩く。来たときと同じくゆったりと。美貌と魅力、そして冷たい怒りを辺りに振りまきながら。

 彼女は会場半ばまで歩いて、しかしそこでふと歩みを止める。


「そういえばわたくし、侯爵家の秘密と王家の文献の情報をこの場の全員に公開してしまいましたわ。このままいなくなるのはいけませんね、誰かさんと同じになってしまいます」


 そう言ってフォアートはくすくす笑ってから、両手を宙に掲げ、目を伏せる。


「【記憶干渉】、【魔術妨害】」


 そう唱えると、フォアートの右手にほわりと青みのかった光が生まれる。それはくるりくるりと踊りながら登っていき、天井付近でぼんやりと薄く広がる。光はしばらく天井付近で揺蕩っていたが、やがて粉雪のように音もなく舞い落ちる。

 一方で、フォアートの左手に生まれた薄黄色の光は、王族のいる場所へ一直線に飛んで行った。王族全員を覆い隠すように形を歪める。


「【記憶干渉】は黒魔術、【魔術妨害】は白魔術……別の系統の魔術を同時に使うのも、意外とできるものですわね」


 フォアートはぽそりと呟いてから、ちらりと会場に目を向ける。

 貴族たちの大半は、粉雪のように舞い降りてくる光に見蕩れていたが、王族は突如現れた薄黄色の壁に狼狽していた。


「皆様には忘れてもらいますが……王家は別です。忘れさせません。この出来事を後世に語り継がなければいけませんからね。まぁ、そのことまで魔法で縛り付ける必要はなさそうですね」


 そういってフォアートは三度冷たい笑みを湛えると、音を立てずに会場を後にした。



  ❀❀❀



「おや、終わりましたか?」

「うん。疲れたー」


 フォアートが会場を出ると、入り口付近にひょろりと背の高い男がいた。この男は風の精霊、シルフィード。フォアートと契約を交わした精霊である。


「お疲れ様です。えっと確か……貴族たちの前でネタ晴らしした後、偉大な魔女を怒らせたとして国に大災害が訪れると告げてから会場を後にする……って計画でしたっけ?」

「会場を後にする前に【記憶干渉】の魔術を使ってから、ね。貴族たちの私に関する記憶をすべて消してきた。屋敷にいる人は、家族も含めて全員記憶消してあるから大丈夫。あの会場にいなかった人は、私と直接の面識ないはずだから多分問題なし。それよりシルフィードは、この後大災害のコントロールしなきゃいけないでしょ?大変だね」


 この大災害は、国をぎりぎりまで苦しめるために調整しなくてはいけないのだ。この大災害を引き起こした原因として、ロガノフはもう国王にはなれないだろう。最悪、勘当されるかもしれない。

 加えて、リェーチ男爵令嬢の男爵領は特に被害を大きくしてほしいとシルフィードに既に頼んである。リェーチ男爵令嬢も、災害の対応で追われることになるだろう。忘れても、罪は罪なのでしっかり償ってもらう。


「玉桂の魔女様のお役に立てるなら、この程度、問題ありません」


 と言って、シルフィードはフォアートに手を差し出す。フォアートは彼の手を取りつつ、ふわりと微笑む。


「こほん。私を攫ってくださいますか?シルフィード」

「ええ、お望みとあらばどこへでも」


 そう言って、彼等の姿がふっ、と掻き消える。後に残ったのは、フォアートの香水の残り香だけで、それもやがて、徐々に消えてなくなった。貴族たちに残っていた、フォアートの記憶とともに。

フォアート→アフォガート

ロガノフ→ビーフストロガノフ

リェーチ→チェリー


から名前をとっています。


粗方書き終わってから、

「そういえば、アルフォートもフォアートになるんじゃない?」

と気が付きました。びっくりしました。


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(誤字脱字報告ありがとうございます!こちらのほうでトラブルがあり、一度訂正したデータが飛ぶ事件がありました。こちらでも再三確認しておりますが、所々おかしい部分があると思います、その時は遠慮なく誤字脱字報告をしてほしいです)

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ざまぁは必要だが、無関係の領民を巻き込んだ時点でちょっと……
2024/09/29 11:51 退会済み
管理
[良い点] 王道の婚約破棄ものかと思ったら、フォアート令嬢が予想以上に切れ者でスカッとしました。特に婚約破棄を逆手に取るところは痛快で、読んでて気持ちよかったです。王子に対する冷静な仕返しと、隠された…
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