2-2 遊園地編・幻の記憶
ベンチに座りながら、翔は深呼吸を繰り返していた。美咲は心配そうに隣に座り、彼の顔を見つめていた。
「翔、もう少し休んでから帰ろうか。」美咲が優しく声をかけた。
「うん、ありがとう、美咲。でも、もう少しだけここにいさせてほしい。」翔は微笑みながら答えたが、その瞳には深い悩みが宿っていた。
遊園地の賑やかな音が遠くに聞こえる中、翔は自分の内面と向き合っていた。蓮の言葉、昨夜の出来事、そして頭の中で断片的によみがえる記憶。その全てが彼を混乱させていた。
「ねえ、翔。もし何か困っていることがあるなら、話してほしい。私はいつでも翔の力になりたいから。」美咲の声は真摯で、翔の心に届いた。
「ありがとう、美咲。でも、今は自分でも何が起こっているのか分からないんだ。夢なのか現実なのか、区別がつかないんだ。」翔は正直に答えた。
美咲はしばらく考え込んだ後、提案した。「それなら、少しリラックスできるアトラクションに行こうよ。観覧車に乗って、ゆっくりと景色を見ながら話そう。」
翔は一瞬躊躇したが、美咲の提案に同意した。「そうだね、それがいいかもしれない。」
二人は観覧車に向かい、チケットを購入してゴンドラに乗り込んだ。観覧車がゆっくりと上昇し始めると、翔の心も少しずつ落ち着きを取り戻していった。
「昨日のこと、もっと詳しく話してくれる?」美咲が静かに尋ねた。
翔はため息をつきながら話し始めた。「昨夜、豪華なホテル『エリシオン』に招待されたんだ。そこでは何か特別なことが待っていると感じていたけど、結局、地下に監禁されて…朝になったら、ホテルの人たちが全員殺されていた。」
美咲は驚いた表情を浮かべながらも、真剣に話を聞いていた。「それが全部夢だって感じるんだよね?」
「そうなんだ。でも、蓮が現れてあの話をした時、頭の中が混乱して…どっちが本当なのか分からなくなったんだ。」翔は拳を握りしめながら続けた。
「蓮って、あの転校生の神谷蓮のこと?」美咲が確認した。
「そう、彼が何かを知っているみたいなんだ。でも、彼の言葉が真実かどうかも分からない。」翔は頭を抱えた。
観覧車が頂上に達し、二人はしばらくの間、静かに夜景を眺めていた。翔は深呼吸をし、少しずつ自分を取り戻していった。
しかし、美咲の表情が曇っていることに気付いた。
「美咲?」翔は不安そうに尋ねた。
美咲はため息をつき、目を逸らした。「翔、正直に言うと、私はまだ全部を信じられないんだ。」
「どういう意味だ?」翔の心は再び緊張で締め付けられた。
「昨日のこと、本当にそんなことが起こったのかどうか、私には信じられない。夢だったんじゃないかって思ってしまうの。」美咲は申し訳なさそうに続けた。
「でも、俺は確かにあのホテルにいたんだ!血の跡や蓮との会話も全部覚えてる。」翔は必死に説明しようとしたが、美咲の表情は変わらなかった。
「翔、君が信じていることは分かる。でも、私には証拠が何もないし、君がただの夢を見ただけだと思いたいの。」美咲の声には戸惑いが混じっていた。
「どうして信じてくれないんだ?」翔の声は怒りで震えていた。「俺がどれだけ苦しんでいるか、分かっているのか?」
「分かってるよ。でも、あまりにも現実離れしているんだ。昨日、一緒に過ごしたことも事実だし、君の話と矛盾してる。」美咲も声を荒げた。
二人の間に険悪な空気が漂い始めた。観覧車が地上に戻る頃には、二人は完全に口論の渦中にいた。
「君は俺を信じていないんだな。友達だと思っていたのに。」翔は冷たい目で美咲を見つめた。
「違う、翔。私はただ…現実を受け入れるのが怖いだけなんだよ。君が言っていることが本当だったら、私はどうすればいいのか分からない。」美咲の目には涙が浮かんでいた。
「もういい。君が信じてくれないなら、話す必要もない。」翔は強い口調で言い放ち、観覧車のゴンドラから降りた。
美咲はその場に立ち尽くし、涙をこらえながら翔の後ろ姿を見送った。「翔、待って…」しかし、彼は振り返ることなく歩き去っていった。
遊園地の光と音が遠くに感じられる中、翔の心には孤独と怒りが渦巻いていた。友達だと思っていた美咲が信じてくれないことで、彼の心はさらに傷ついていた。
「俺は一人でも戦う。誰が信じなくても、自分の力を信じて進むしかないんだ。」翔は心の中でそう決意し、遊園地を後にした。
美咲もまた、一人ベンチに座り、泣きながら考え込んでいた。「どうして…どうすれば翔を助けられるんだろう…」彼女の心にもまた、深い悩みと葛藤が渦巻いていた。