11-2
普通、正義の味方、ヒーローはこんなことは一番最初に経験することなのですが……。
久志は万年床の上で背中を丸めて両膝を抱え込んでいた。
がたがたと震えが止まらない。
がちがちと歯の根が合わない。
(同じ“力”だった!
同じ“光”だった!)
それは怯え。
それはこれまでにない恐怖だった。
数え切れない人々の命が無下に奪われる恐怖、人々が累々として築き上げてきた文明が一瞬にして消え去ってしまう恐怖、などではない。それはもっと根源的なものであった。これまで常に久志を脅かしていたのは、己の内に潜む得体の知れない禍々しさだったが、今、久志はこれまでにない恐怖に直面し、怯えていた。
それは自分が殺されるかもしれないという恐怖――
(何でこんなことに今まで気付かずにいられたんだ……)
殺し合いをする限り、殺される危険性だってあるに決まっている。だから自分の命を心配する――そんなことは当たり前のことなのだ。いつも勝つに決まっていて、撫でるほどの労力も要らず、相手を瞬殺してしまえる殺し合いなどという戦いの方が異常なのだ。通常の決闘では有り得ないことなのだ。それなのに久志はこれまで負けることなど露とも考えたことがない。無意識のうちに知っていた。殺されるどころか、“光の主”に対して、何人もかすり傷ひとつすら付けられはしないことを。百パーセント完璧な勝利―それ以外は無いことを。“光の主”としての自分の実力があまりにも途方もないが故に。だから得体の知れない相手の前にでも何の躊躇もなく平然とお気軽にしゃしゃり出てみたりすることが出来た。一方的に壊し、一方的に殺せるに決まっているのだから。
しかし、今回の決闘で、久志は初めてそれ以外の可能性を垣間見てしまった。
確かに闘いそのものは一方的なものだった。そこには歴然とした実力の差が存在していた。いつも通り造作もなく勝つ以外の結果がある筈がなく、実際、瞬での呆気なさ過ぎる決着はこれまでのように必然であった。“光の主”を敵としたものの運命であった。
だが、今回はある一点に於いて根本的に異なっていた。予感させるものが確かにあったのだ。
自分が敗北するかもしれないという可能性というものが。
(ゼロじゃなかった。限りなくゼロに近かったが、完全にゼロじゃなかった……)
否定しきれなかった。
(勝てるのか? この次も俺は勝てるのか?)
先が見えない。こんなことはこれまでになかった。有り得ないことだった。
(十一人。あれより強いのが十一人。中には俺より強い奴もいるんじゃないのか? いなくたって、十一対一……)
考えれば考えるほど不安は募り、いよいよ悲観的になってゆく。
(この先に待つのは、死を賭した闘い…………。
一方的な滅殺ではない、正真正銘の殺し合い…………)
ごくりと唾を飲んだ。
「…それでも、それでも俺は負けられない…………」
変身出来るようになってから枕元に常備するようになった安焼酎に手を伸ばし、ごくごくとがぶ飲みした。味に関係なくアルコールが必要だった。
「負けたくない…………」
ゴトッとペットボトルを床に置いて俯いて呟いた。
「死にたくない…………」
御覧の通り、本編の主人公は漸くです。
漸くにして、負けることも有り得る事、敗死する可能性に直面し、恐怖しています。




