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この日教授の話を聞きながら「卒業するためにやっておいた方がいい」と久志が確認したことは二つ。一つは「配点が三分の二のパートで点数を稼ぐのは苦手だから三分の一のパートを大切にしよう」という出席点の重要さの再認識。もう一つは「当たるところはちゃんと予習をして極力教授の心証を損ねないようにしよう」という学習態度に関すること。自身の実力を鑑みて、それほど立派な卒業論文が書けるなどとは端から考えてなどいない。
ちなみに久志はク○ミア戦争に関する卒業論文を書くことになっている。昨年行われたゼミ合宿に何について卒論を書くのか碌に考えもせずに参加して、メインイベントである教授と助教授との三者面談を、「のらりくらりと何かしらは考えてはいましたよ」感を漂わせることで乗り切ろうとしたのだが、持ち前のアドリブ力のなさから着席から数分で呆気なくバレた。何にも考えてきてなかったことが露呈し、教授と助教授の双方からお小言を頂戴することとなった。その後、「じゃあ、彼は私が預かります」ということになり、助教授の専門であるR(国)史、その中でもより彼女の研究分野に近く、他のゼミ生の取り上げるテーマと被らないようにということで、「じゃあ、ク〇ミア戦争について書いてみましょう」ということになった。ちなみにその時点で久志がク〇ミア戦争について知っていたことといえば、「『Rが南下政策をぶち上げて侵攻。ナイチンゲールが大活躍』って感じじゃなかったっけ?」程度でしかなく、じつは現時点でも一ミリも知識は増えなどいない。未だに資料収集にすら手をつけていないのだから無理もないのだが。
西洋史ゼミには久志の同級生は彼も含めて十七名の学生が在籍している。苗字のおかげで荒木久志という氏名は出席名簿の一番最初に載っているのだが、それはそのまま授業中に学生を当てる順番にも用いられた。いつも最初からでは当たる回数が偏ってしまうので、「今週が前からなら来週は後ろから」という具合に毎週交互に順番を入れ替えて当てていったから、「前者が予習の必要な週であり、後者が必要のない週」と、久志は解釈していた。
先週は名簿の前からだったから学食でチキンカツ定食を食べた後、七、八分ほど予習をしてから久志は授業に臨んだ。「予習がたったの七、八分」というのは別に久志が優れた学生であるということをまったくもって意味していない。予習で久志がすることといえば、その日の最初の英文とせいぜい次の英文を訳すだけに過ぎないのだから。当てられるところがわかっているのだからそれほど優れた学生でなくてもそんなに時間はかからない。むしろアドリブで答えられるほど優秀でないから事前に“ネタ”を仕込んでおく必要があるのである。
ゼミの出席者が十分に多い場合は「それで今日のお務めはおしまい」ということになるのだが、少ない場合にはもう一回順番が回ってくることがある。そんな気配を感じたら、久志は速やかに英和辞典を開く。仕込んだネタを披露した後に今週これからやろうとしていることと同じことをするために。