猿山の猿
藤子・F・不二雄氏は自身の作品をSF(少し不思議)だと仰っていたと記憶していますが、
久志はベッドの上でただぼんやりとしていた。
「みんな今頃どうしてるんだろう?」
何気なくふと呟いた。するとピタリと耳鳴りが止んだ。「あっ、治った」と思ったら、“声”が聞こえてきた。それはあの“外からの声”の類のものだった。
〈彼は自分の母星の運命を知らないんですよね〉
〈当然だ。「秘密にしろ」という上からの御通達だからな〉
〈緘口令は「然る時まで」ということですが、「然る時」というのは、一体何時のことなのでしょうか?〉
〈「彼が“光”に相応しい意識を持つまでは」ということだろう。上は彼を研究に参加させながら、導くつもりなのだ。我々のヒエラルキーの頂点に、或いはそれ以上のところに。もしかしたらそれは、崇拝の対象ですらあるのかもしれない。現在の彼は謂わば、“猿山の猿”なのだろう〉
〈“猿山の猿”ですか〉
〈多分、そんなところだ〉
〈どういう意味ですか?〉
〈猿山の猿がある日突然人に生まれ変わったとしたら、その時、彼は何を見るのだろうか? 何を聞くのだろうか? 何を知るのだろうか? そして、何を思うのだろうか? それはつまり世界が根底から覆るということだ。それまではそこが全てであり、中心であった場所が、そうではなくなるということだ。何の前触れもなく卒然人となった猿は、今いるところが、動物園の片隅のちっぽけな共同体でしかなかったことを知り、その動物園ですら塀で囲まれた矮小な世界でしかなかったことを知るだろう。猿の時には手の届かなかった猿山の頂がゴマ粒にすら見えない高みに上り、猿の時には縁のなかった地平線や水平線を目の当たりにし、海の深さに驚嘆するだろう。それらを見て、聞いて、知った時、彼の内部には劇的な変化が生じている筈だ。この変化こそが、上が彼に期待していること―実力に見合った意識を身に付けるということだ。上は我々と共にあることで、必然としてそうなると考えているようだ。それまで全てであったものが分相応に、「取るに足りない」と認識するようになるであろうと〉
〈それなら彼の母星を消し去る必要はどこにあるのでしょうか? チキュウ人類を滅ぼす意味はどこにあるのでしょうか?〉
がばっと久志は上半身を起こした。
「今、何ていった?」
〈今頃は砲撃艦隊が配置についている頃か、それとも既にけりがついている頃か〉
〈連絡がきていないということは、まだ終わってはいないということでしょう。それにしても何故そんなことを?〉
〈これまでの調査の結果、“光の主”たる資質は、ある特定の種に備わっているという類のものではないらしい。“光の主”と成り得る才能を有しているのはあくまでも彼一人のみ。他のチキュウ人にはないものであることが既に判明している。だが今後、彼以外にも“光の主”が地球人類の中から出現する可能性を完全には否定しきれない〉
〈だからといって〉
〈例外があってはならないということだ。彼には遠く及ばなくとも、他に一人でも“光の主”が出現したらどうなると思う〉
〈そ、それは〉
私の作品、少なくとも今作には「少し」すらもそんなところがない様な気がします。
大カテゴリー“SF”には分類していますが。
正直、何処にカテゴライズしていいのかよくわからなかったものですから、何となく雰囲気で「ここじゃね?」って感じでそうしただけのことでして…。




