シン・鬱 2
シン・鬱 2
許されざる罪。贖罪の余地などない。
(あいつはこれからも殺す! 放っておいたら殺す! いくらだって殺す!)
久志は自分に恐怖する。だが、恐れてばかりではいられない。久志は自身に猛った。
「こんな非力で無能な人間一人殺せないのか! あれだけ人を殺しておいてこれか!」
己に対して怒号を浴びせないではいられない。
「殺して、殺して、殺しまくりやがったくせしやがって! 何で一番ぶっ殺したい奴が、一番ぶっ殺さなけりゃいけない奴だけが殺せない!」
人は得体の知れないもの、人知を超えたもの、神秘的なものの中に神を見る。確かに、世界中の人々にとって、次々と現れるUnknownをいとも容易く瞬殺する何者か――“光の主”――に神の姿を見たとしても何ら不思議はあるまい。その正体である久志ですら、自分自身の内に宿る、ありとあらゆるものを滅殺する“光”に、神を感じずにはいられないのだから。
しかし、この神の御技とは純然たる破壊――圧倒的な暴力でしかなかった。救済などではなかったのだ。何も守れはしなかった。誰も救えはしなかった。久志は神の如き――あるいは本当に神なのかもしれない――力を行使する度に、無力感にうちひしがられないではいられなくなっていった。自らの意志を表現し得るはずの五体が、魂の牢獄としか感じられなくなっていった。
憎めば憎む程、かえって己は己に拘束され、自らは自らの虜となる。丁度強く握りしめた爪が深く掌に突き刺さり流血する様に。――“才能”は久志を下僕とする。
自らの意志によって“光の主”たる実力を示した当初、そのあまりにも鮮烈な力の向こうに久志が垣間見たのは破壊の神などではなかった。それこそ何も知らない、無知蒙昧で盲であった久志が向こう側に見ていたのは至高神――全知全能の神であった。何だって出来るはずだった。不可能などないはずだった。守れないものなどないはずだった。救えない命などないはずだった。
それなのに…………。
全知全能をもたらしたはずの才能――実際のそれは万能からは程遠い悪魔の力だった。類稀なる才能は断ち切ることなど到底能わぬ鋼鉄の鎖となって主の魂を縛った。無敵を誇る白く光り輝く五体は頑強なことこの上ない牢獄となって主を隔離した。囚われた独居房の内にしか安全なところなどなく、それはただ一人、荒木久志のみを地獄から隔てた。揺るぎようのない絶対零度の鉄格子を握り締め、両の掌を焼かれながら、久志は刮目させられた。鉄格子の隙間から夥しい命が無下に失われてゆくさまを。ただ見殺しにするしかなかった。囚われの魂は罪悪感に苛まれ、絶望に侵食される他はない。久志をただ一人地獄から隔絶するもの、それこそが破壊に於いてのみ神たらしめる“才”――――
あまりにも虚しかった。
数え切れない人々が死んだ。
容赦なく虐殺された。
全ては巻き添えで殺されたのだ。
その元凶こそは…………。
人の秘めた可能性ーー
それが希望に満ちていて肯定的に感じられれば、素晴らしいことなのでしょうけれど……。
それが全て視えてしまっていてーー其れこそガラス張りと謂っても良いレベルでーーそれなのに、それら全てが全て絶望しか知覚させないものだったとしたら…………。
メンタルは人なのですから。
才能は、能力は、神でしかなくとも。
而も其れが万能とは程遠い、只の一点に於いてのみの、極めて歪な、当人の全く望んでいないものだとしたら…………。




