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gift  作者: 荒馬宗海
79/107

8-7

「理不尽な因縁をつけられた凡人が、ボコられ、更にはボコボコにされました」とさ、いうお話です。


 久志は近くの路地裏に連れ込まれ、民家の壁に叩きつけられた。毒虫軍団に取り囲まれ逃げ道はなかった。最初の一発を顔面にくらい、黒ぶち眼鏡が吹っ飛んだ。銀の指輪を着けた拳が、爪先の尖った靴が、ところ構わず久志を殴り、蹴り上げた。不良どもはよってたかって久志をいたぶり続ける。口の中が切れて鉄の味がした。毒虫軍団はアスファルトの上に倒れる度に無理やり起こし、さらに久志を痛めつけた。楽しんで暴力を振るっているのは明らかだった。

(くそっ)

 額か目蓋の辺りか、それとももっと上からなのか、だらだらと流れてくる血が眼に入って前が見えにくくなっていた。どこに何がいるのか、今やったのは誰なのか、それすらも判別出来ない。

(せめて一発)

やり返してやろうとおもいっきり右腕を振り回した。何の手応えもなかった。「空振っただけか」と思った。

(あれっ?)

それにしては様子が変だった。辺りの雰囲気が一変している。凍りついたように毒虫たちの動きが止まっているみたいだった。誰も何もしてこない。取り囲んでいる筈の連中が、ただの一言も発しなくなっていた。

どすんと誰かが腰を抜かして尻餅をついたような鈍い音がした。沈黙を破ったのはやたらと声の甲高い茶パツだった。

「何だよこいつ!」

「やべえ! やべえよ! やば過ぎるよこいつ!」

 今度はチビのリーゼントの声がした。

 久志は額から目蓋にかけての血を拭った。何度も踏みつけられ、粉々に砕かれただて眼鏡が視界に入った。

「逃げるぞ! おい! 何しんてんだ! さっさとずらかるぞ!」

 一番ガタイのいいスキンヘッドが腰を抜かしたらしいチビリーゼントの襟首を掴んで無理やりに立たせ、先に逃げていったリーゼント二人を追いかけようとしているのが見えた。

「本気でぶっ殺そうとしやがった。信じられねえ」

 何がどうなっているのか、久志には輪からなかった。とりあえず片膝をついた状態から立ち上がろうとした。

「ん?」

何かに引っかかっているみたいに立ち上がることが出来ない。

「んっ?」

 戦慄が走った。

 右腕の肘から先がなくなっていた、というよりは、コンクリートに埋まっていた。手応えのなかった、空振りしたと思った大振りのパンチは、路地裏の民家の壁を貫通していた。急いで拳を引き抜こうとして、向こう側の穴の縁で手の甲をざっくりと切ってしまった。改めてそろっと手を引き抜いて穴を覗いた。恐ろしく滑らかな風穴が穿たれていた。

右手を左手で隠すようにして、道行く人々に怪しまれないように、久志はそそくさとその場を離れた。

(殺すところだった!)


ただ、ただの凡人が普通にボコボコにされているだけなら良かった(?)、というより救いはあったんですが……。


少なくとも、「絶望の鬱物語」にはなりません。

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