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なろう系からは程遠いのにどれよりも強力極まるチートが主役で、なのにそいつは平凡で貧弱でめそめそうじうじしっぱなしの弱者という。
その日の企業説明会もいつもと似たり寄ったりで変わり映えのするものではなかった。筆記試験の出来もこれまで通り冴えなかった。それからいつものように、「俺って本っ当パッとしねえな」とため息を吐く。暑くて汗だくになっていたし、喉もカラカラに渇いていた。ちょっとだけ寄り道をすることにした。
一つしかない最寄り駅の改札口を出てすぐのところに久志が日頃贔屓にしているスーパーがある。そこから一番近い出入り口の脇に設置された四つの自販機の一つでプラス百五十ミリリットルのコーラを買うと、その隣りにあるベンチに「ハー」とも「ホッ」ともつかないため息を吐きながら腰掛け、コーラのプルトップをプシュとやった。ごくごくっと飲み干して空を見上げる。
「…いい天気だな……」
しばらくそのまま呆けたようにぼーっとしていた。
コーラの空き缶を屑かごにポイッと放り投げ、カツンという音とともにベンチを立ち、ホテホテと帰路につく。
寝不足のような眼をした久志の足がふと止まった。ずっと向こうの木の生えている辺りをぼんやりと見る。
「カワセミ?」
田舎にいる時に何度か目にしたことがある。鮮やかな青い翼にオレンジの腹をしたさほど大きくない鳥。それがよく茂った葉と枝の中にガサッと紛れ込んだような気がした。
「こんなところにいるもんか?」
そんなことを考えながら漠然と眺めていた。
「錯覚だったのかな?」
と、よく茂った緑から何かが飛び出して来るのをそのまま注視していた。色鮮やかというよりはどぎつい色彩の恰好をした、眼付きのよろしくない集団が視界の端に入ってはいたが。
すると突然、その集団のうちの一人がこちらに向かって駆け寄って来た。
「この野郎!」
久志は茶髪のリーゼントの男にいきなり胸ぐらを掴まれ締め上げられた。睨みつけられ、前後に何度も頭を揺さぶられた。
「テメエ、何俺たちにガンとばしてんだ? あ?」
茶髪のリーゼントはやたらと声が甲高かった。「毒虫みたいだな」と久志は思った。
「別に見てなんかいないよ。俺が見ていたのは向こうの木に隠れた鳥だよ」
茶髪のリーゼントを追うように駆け寄ってきた同じように毒虫みたいな連中に、久志はいつの間にか取り囲まれていた。
でも、リアルな人間ってそんなものだと思いますよ。




