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gift  作者: 荒馬宗海
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続・鬱 1

続・鬱 1


   8


久志にはわからなくなった。

自分とは一体何なのか?

自分とは一体何者なのか?

自分が何者かを知ろうとし、そこかしこからいろいろな本を借りてきて、枕元に積み上げることとなった。現状の自分のようなものについて書かれたものを見出すことは出来なかったが、それらしきものを連想させるようなものには行き当たった。

それはグノーシス主義の神話の中にあった。

グノーシス主義――それは初期ユダヤ教の周縁に原始キリスト教とほぼ同じ頃に現れ、その後、キリスト教と接触するに及んで、最大の異端とされた思想である。

主――ヤハウェ。ユダヤ教とキリスト教に於ける創造神にして、全知全能の唯一神である。「この世界は主の業である」――それこそが旧約聖書の世界で培われ、初期ユダヤ教と初期キリスト教にも受け継がれた創造信仰である。しかし、グノーシス主義の宗派の説くところによると、この世の森羅万象を創り給うたのは「全知全能の神」ではない。グノーシス主義の神話に於けるこの宇宙を創りしもの――「造物神」とは「無知蒙昧の神」あるいは「盲の神」等と呼ばれる存在である。伝承によっては、かの「造物神」の誕生は過失であり、不完全。その容貌は醜悪なものであったとされ、かの者の名は、サクラ、サマエール、ヤルダバオート、etc…、様々に呼称される。

久志にはこの世界が全知全能の御業とは思えなくなっていた。

全知全能の御業だとしたら、こんなに出来損ねているはずがないのではないのか?

それは“光の主”という“客人”の視点からの見解ではない。ただの平凡な一人の人間――荒木久志の眼の届く範囲内でさえ、この世界は出来損ねているように映る。理不尽な不幸や狂気に満ち、そんな類のものが恣に跋扈しているようにすら見えてしまっている。それがこの宇宙全体でならば、一体どれほどの苦痛や苦難、理不尽や犠牲に満ち満ちていることか。「『無知蒙昧な盲』が拵えたものだから、世界はこんなふうに酷い」などとは本当は受け入れたくなんかない。本来いくらネガティブな性格の人間だったとしても。そいつのメンタルが如何にどん底に沈んでいたとしても。

さまざまなグノーシス主義の教派は旧約聖書の「全知全能の創造神」を「無知蒙昧な造物神」「盲の造物神」と貶める一方で、その神話の中にはもう一人の神を存在させている。                                                                                                                                                                                                                                                      いや、それは存在していないというべきか。

主人公が「存在せざる神」と呟いたシーンがあったのはご記憶でしょうか?

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