カルト 3
つくづく自分が嫌になる。
「……俺なんか…………」
知らず知らずのうちに自己否定の言葉を口にしかけたところで気づいた。
「えっ?」
カルトの無法地帯の中に知った顔を見つけた。
「“ヒマワリ”?」
(確か、鳩居堂大の)
私学の最高峰の優等生。
(それがどうしてここにいる? 一体何を信じている? 一体何を望んでいる?)
「…くっ」
久志はそれを見なかったことにするように顔を背け、足早にそこから立ち去った。
マルクスはいった。「宗教は心のアヘンである」、と。
(宗教。心の拠り所にして魂を救済せしもの。なんだろうけど、傍から見れば敬虔な信者は、その人が敬虔であれば敬虔であるほど、信仰するものが何であれ、異様なものにしか見えない。元から心が満ち足りていて、不平や不満なんて微塵も感じないで済んでいれば、敢えてそんなものに縋る必要なんてないだろう。そういう人間がアヘンに例えるられるようなものに溺れ、かりそめの快楽に浸り、現実逃避する必要があるのか? 何かしらの宗教を信仰する者たちの多くが、現世に希望が持てず、来世に望みを託しているのだとすれば、こんなにも多く人々が、崇め奉り、縋らなければいけない対象を必要としなければならない世界って……)
久志は呟く。
「人間って何だ? 何なんだろうな?」
とある皮肉なインテリは謂ったという。「マルクス主義は知識人にとっての最後の宗教である」、と。
(共産主義の成れの果てなんてものは、R、NK、それにC、それ以外だって…。この世に善人しかいなかったら、共産主義国家というのは確かにこの世の楽園なのかもしれない。皆が平等。共存共栄。だけど、生憎と人間という奴は、皆が皆、善人ってわけじゃない。元は善人でも一度でも権力を手にしてしまったら、人は腐らないではいられないのか? 政争の末に国権の頂点に君臨するような奴は腐り果てないではいられないのか? そして、独裁者は自分の勝手な理屈や都合でいくらだって殺す。彼らにとって、人の命なんぞいうものは、紙きれ一枚の重さすらありはしないだろう)
久志は憤りを覚えた。
「暗殺したいなら、てめえで直接やりやがれ! 戦争したいなら、一番後ろでふんぞりかえってないで、とっととてめえが最前線に行きやがれ! どさくさに紛れて成り上がっただけの元三流スパイが、何思い上がってやがる! 元の飼い主のまねして、何良い気になってやがる! 人の命を何だと思っていやがる!」
誰にも聞こえなさそうなことをいいことに、久志は語気を荒げた。
「どうして、必要のない虐殺をやりたい放題やれる! 俺は誰一人死ぬのなんか見たくない! 誰も見殺しになんかしたくない! 絶対殺したくなんてない!」
それだけいい放つと、久志は沈黙した。
(……それなのに…………)
脳裏にはあの地獄絵図。
(……守れなかった…………。
……救えなかった…………)
眼の前には自分を神だと崇め奉っている、恐ろしいほどの熱量を発する人間。人間、人間、人間。
「…………」
久志は混沌と熱狂から離れてゆくのにつれ、再び視線を感じ、呟きが聞こえてきそうな気配に嘔吐感を覚えた。




