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主人公はごく普通のレベルの小市民ーー善人です。世界征服とか人類根絶等という大それたことは絶対にしないと言い切れますがーー少なくとも通常の状態ならばーーほんの僅かならば、此の世界に於ける最悪中の最悪と考えざるを得ないことには何かしらの気の迷いにでも介入しかねない様な気がしてしまうのです。
小指を動かす程度の労力も要らず、全てを終わらせてしまえるような者を「人間の世界」に介入させては駄目だと考えました。
それで、そういう世界設定にしました。
「…どうやらあれは俺らしい……」
いつの間にか久志は元の姿に戻っていた。両手を見る。手のひらは夕日に染まり影を帯びてはいたが、もう白く光ってなどいない。そこにあるのはいつも通りの、大したものなど何一つ掴み取れそうにない、荒木久志のちっぽけな掌だった。
周囲を見渡した。
周りの景色が少しだけぼやけて見えた。
それは夕暮れ時のこと。
いや、今は黄昏――。
今、久志の目の前に横たわっているのは黒々とした異物。
焦点の合っていない眼に映るもの――それはそこにあるはずの存在。
それはどす黒い血だまりに浮かぶ首のない怪物の死骸。
現実感がすっぽりと抜けた非現実。
「…………」
それでいて、右手には確実に何かをぶん殴った感触が残っている。
そして脳裏には確信。
「客観的にはとてつもなく硬いものではあるが主観的には極めて脆い、戦闘形態にある敵生命体の頭部を、自己修復能力が及ばないレベルで破壊し、これを完璧に沈黙せしめた」という、どういうわけだかまったく疑う余地のない確信があった。
何が起こったのか、何をしたのか、わかっているつもりだった。
わかっているつもりだったがまるで実感はない。
何もわかってなどいない。
何もわかってなんていなかった。
怪物の首からどす黒い体液が流れ出し、坂道に広がってゆく。
「ナンダカツカレタ。
オウチニカエリタイ」
帰り道には行く手を塞ぐように怪物の残骸。
久志はこの場から逃げ出したいと切に願った。
それなのにどうしていいのかわからない。
でなければ、物語そのものが成り立たないのです。
主人公の才能ーー力は神…………、
というよりも、神の為したものに対するー―――
主人公は全能には程遠い只一点のみに特化したものであるが故に苦悩します。
か弱い普通の、一人の人間であるが故に。