鬱 -1.0 下
鬱 −1.0 下
己の非力さをひたすら呪う他はない。
全てが指の隙間から零れてゆく。
しなければいけないこと、出来なければならないことが、まったく思うに任せない。
荒木久志はありふれたただの人間であった。
ただ破壊と殺戮においては比類なき力をその身に宿しているだけの。
己に対する憎悪を滾らせて叫んだ。
「宇宙は発狂でもしているのか! 神は脳みそでも沸いているのか! どうしてこんな狂気じみたものがここにある! どうしてこんなタガの外れた力を俺に押しつけた! こんな馬鹿げた大鉈を振るっていい奴なんて、この世にいていいはずがないだろ!」
久志は自分自身が恐ろしい。
恐ろしくて堪らない。
人の内にはどんな可能性が秘められていたとしてもおかしくはないのかもしれない。
……だとしても…………。
……だからといって…………。
それが死神の大鎌を振り回すことだったりしたら。他者の存在を微塵も許さぬ傲慢な暴力だったとしたら。それは人間として許されざるものなのか? そんなものが自らの内に潜み、こんな現実を白日の下に晒され、突きつけられた人間は…………。
久志はごくごくごくっと安焼酎をあおって俯く。
「……どうしろっていうんだよ…………。
……一体何をさせたいんだよ…………」
何処かにいるのかもしれない何者か――
無敵なのに無能。
荒木久志はおよそ身の丈に合わない、その才能故に酒の力に縋らないではいられない。
久志はアルコールに縋って万年床の上に転がっていた。体は熱を帯び、天井はグルグルと回り、床はグニャグニャと歪んで沈むように感じられたが、頭の芯の辺り、一番ぼやけて欲しいところの輪郭だけは未だに原形を留めている。それどころか氷のように冴えきってしまってさえいる。大してアルコールなど飲めはしないはずなのに。
それでも久志には顔を顰めながら安焼酎をらっぱ飲みするしかない。
明日も今日と同じくらいの時間に企業説明会がある。「朝のラッシュの中でまたもみくちゃにされるんだろうな」と、ぼんやりと考える。宇宙人や怪獣が都心に現れて、ビルを壊したり、火を吹いたりしなければ。




