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gift  作者: 荒馬宗海
55/107

4-17


 途轍もなく巨大な毒虫は夥しい数の分身とともに、瞬間移動して目の前に現れた人型白色発光体に対し露骨な敵意をむき出しにした。一斉に襲いかかって来た敵に対して、久志は全身から閃光を放ちそれに応じた。大小の毒虫の群れは一瞬にして焼き尽くされ、霧散し、空は闇から開放された。

しかし……。

 涎はなおも貪欲な侵食を止めない。地上は火災によるものと涎が焼くことで放つ濛々たる悪臭を帯びたものとが入り混じった煙に覆われ、霞んでいた。だが、久志は咄嗟にその向こうにあるものを知覚してしまった。しかも、人間としてはあり得ない恐ろしいほど鮮明さをもって。見てしまった。聞いてしまった。嗅いでしまった。

無残に崩壊し、瓦礫と化した摩天楼。毒虫に喰い散らかされた数え切れない屍。人の形を碌に留めていないにもかかわらず、蠢き、呻き、そんなになってまでまだ命あることに絶望しなければならない者。全てが血の海に浸かり、涎の強酸と炎に焼かれ続けている。そこには人類の繁栄を象徴たる大都市の面影など微塵も残されてはいなかった。久志の眼下に広がっていたのは阿鼻叫喚の地獄絵図だった。

(街を、街をどうにか出来ないのか? 元通りに戻すことは出来ないのか? 死にそうになっている人々を、苦しみもがく人々を、何とか助けることは出来ないのか?)

 自問してはみたが、答えは明白だった。

〈そのような能力はない〉

 いわれなくてもわかっていた。わかってはいたが、どうしても直接“自分でない自分”に問わなければ気が済まなかった。

(何のためだ? 

何のために俺はいる? 

みんなを守るために俺はいるんじゃないのか!)

「くそ!」

無力感に打ちのめされていた。有り余る力を持つ無敵の存在である自分に出来ることが「くそ!」と叫ぶことしかないなんて。

救いようのない地獄絵図ばかりが脳のひだというひだに刻み込まれるような鋭さをもって流れ込んでくる。あらゆるものを侵食し続けている酸とそこから発生する猛毒ガス。涎による被害は今もなお広がり続けている。

「…………」

 久志は俯き加減でその場に浮遊したまま絶句していた。

 それから……。

ただ右手を静かに下界に向かってかざした。かつての繁栄の象徴、この世界の中心を、巨大な白い光の半球が包んだ。

 浄化の光。

響きのいい言葉で表現すれば、この光はそれであった。しかし、人型白色発光体によるその光の効力はあくまでも消去であり根絶である。久志が行ったのは、酸や毒ガス、それらに僅かでも侵されたものの極限までの分解――完全な除去だった。これ以上被害が広がることのないように。

確かに被害が広がることはなくなった。

だが……。

(…………)

 いたたまれなかった。

先程までの人類の繁栄の象徴、現在の無残な廃墟の空から、久志は逃げるようにして姿を消した。



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