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久志は再びテレビのリモコンに手を伸ばした。これで今日だけで何度目だろう。結局、また電源のスイッチを入れることは出来なかった。
ニュース番組を直視するだけの勇気がない。
二十一時や二十二時、二十三時のニュースはもちろん、電源を入れた瞬間に報道特別番組がやっているかもしれないと思うと、テレビをつけることすら出来ない。出来ないでいる。テレビを見るのが怖い。だから、この前ビデオ録画しておいたテープも見られないままになっている。
「何とか出来たはずなんだ! 何とか出来た!
…出来なければいけなかったのに……」
コストパフォーマンス以外取り柄のない、馬鹿でかいペットボトルの安焼酎を、直接また口に含んだ。
「ひっでえ味」
さらにまた一口。いつもならBGMがわりにつけっ放しにしておくテレビの音がない部屋。今は目覚まし時計の秒針が時を刻む音だけしか聞こえない。
唐突に心のどこかで、“何か”が「来た」と囁いた。力の出現を感じた。
久志は弾かれたように上半身を起こした。
「そいつは何だ? どこのどいつだ?」
テレビを見ているかのような鮮明な映像が脳裏に映し出されていた。
それは空中でとぐろを巻いていた。強烈にグロテスクにした百足にありとあらゆる生物を埋め込んだような、途轍もなく巨大な生命体だった。全身に牙を生やした口があり、そこから溢れ出す強酸の涎は下界の都市を無惨に溶解させていた。僅かでも知性を有してしる生命体ならば、その精神を揺さぶり発狂へと導かんばかりの強烈な音波と異臭を全身から発している。体の節々から撒き散らされる夥しい量の鱗粉は次々と本体と同じ形状をとり、見る見るうちに成長しつつ、異常発生した蝗かバッタの群れのような雲を形成してゆく。毒虫の雲は爆発的な勢いで密度と体積を増殖させながら、都市の空を覆い尽くし、陽の光を遮り、闇の中に閉ざしてゆく。無数の百足の分身は都市を貪り、人間を喰い散らかし、地上に佇む全ての存在を脅かしていた。その都市は下り坂を転げ落ちるように破滅の一途を辿っていた。
その都市には見覚えがあった。右手にはトーチ、左手には独立宣言を抱く、自由を象徴する女神像をシンボルとする世界的な大都市。
「何てことしやがる!」
久志は変身した。




