プリンス 2
プリンスこと彼の名は小池進一郎という。
別名は“天才子役”。
現政権与党である民主自由党――今や「この国に於ける最大最悪の反社」と呼ぶ者もいる――の、いや政界のホープ、というよりも、やはりプリンスである。
曽祖父を初代とする当然の如くの世襲議員であり、父親は先々代の内閣総理大臣、歴代第五位の首相在位記録保持者である。それなりに長らくニッポンの権力の最高位にいたわけだが、やってくれたことといえば、経済財政政策担当大臣または金融担当大臣、或いは内閣府特命担当大臣といった肩書で、とある人物を登用し、金融財政政策を担当させ、今日に引き継がれる、「正規雇用の割合を激減させ、非正規雇用の割合の激増させた」ことくらいであろう。前者に比べ後者は雇う側からすれば何かと都合が良く、いろいろと便利で、何といっても安上がりであることから、求人数自体は確かに増えはした。
前者と後者の違いというのは結婚とワンナイトラブに例えれば適当なのかもしれない。「ニッポンの衰退は此処から始まった」とか、「こうしてニッポンは没落していった」、と表現する者もいるが、まちがってはいまい。そこからは景気はまったく下げ止まることなく、ピクリとすら上向くどころではないままに、ニッポン経済は今日のどん底に至っている。
件の大臣は後に、「若者には貧しくなる自由がある」などと宣わっているのだが、若者であれ、国民であれ、斯様な人間の喰物にされなければならない義務など、ない。
件の総理に関していえば、この人は「民自党を内側からぶっ壊す」と、自ら威勢のいいキャッチフレーズを唱えたわりには、従来からの党の規約や慣例に従うことに終始し、結局一ミリも波風立てることなどなく、最終的には愛息子にそっくりそのまま跡を継がせて心置きなく引退している。結局、彼の総理が――彼の大臣とタッグを組んで――ぶっ壊したのは、国であり、民生であった。しかも、致命的に。
この人は総理就任から政界を引退するまで景気は悪くなる一方だったにもかかわらず、常に高い国民支持率を誇っていたのだが、それほどまでに彼の人物の国民ウケが良かった理由は以下の二つであろう。一つはとにかくパフォーマンスに秀でていたことであろう。所謂、小池劇場と呼ばれたパフォーマンスの数々は確かに印象的ではあったが、ただ、「だから何?」と、後になって問われれば、「何だったんだろうね」という返答が最適解であった。人気があったもう一つの理由は、大物政治家でありながら、疑惑の類とはほぼ無縁であったことであろう。




