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良い人かどうかなど久志には関係ない。
(何も世の中を「非の打ちどころがないほど素晴らしく」してくれなどと欲張りなことをいっているわけじゃねえだろ。せめて、「どうにか今よりもほんの少しくらいはましなものに」してくれってだけじゃねえか。それでさえも、「下級国民には贅沢」だとでもいうのか?)
久志にとっては彼ら上級国民の性格などどうだっていい。どうせそんな人間とはテレビでたまにお目にかかる程度のものなのだから。まかりまちがっても、お隣りさんになることなどあり得ないのだから。
「…兄さん」
「ん?」
「…お兄さん」
「えっ、あ、はい」
どうやら呼び掛けられていたらしい。
「どうかしたの?」
「いえ、何でもありません」
知らず知らずのうちに意識が内向きに入り込み過ぎていた。
「何であの人が首相じゃないのかしら。あの人が首相になれば、いっぺんに景気も良くなるし、もっともっと良い国になるのに」
「はあ。そういうもんですか」
(なりゃしねえよ。あんないかにもな二世だか三世だかの世襲議員――由緒正しい良いとこのお坊ちゃんにとって一般の国民なんて知ったこっちゃないだろうよ。あいつらの親父とか、爺さんとか、ご先祖様がそうだったみたく。選挙の時は耳障りの良い公約を並べて、当選した暁には全部あっさり反故にして、当然とばかりに権力の座にふんぞり返る。生まれついての勝ち組。世間知らずのぼんぼん。くそったれのサラブレット。自分のことを選民だと露ほども疑ってはいない上級国民)
「とっとと引退しやがれ」なのだが、引退したところで、どうせ息子とか娘とかが跡を継ぐだけのことだろう。
(何も変わりゃしねえよ)
この国は。この国の政治は。
後継者は余程の下手をうたない限り――結構な「やっちまった」や「ばれちまった」をしでかしても、どうにかなってしまうことは、これまで散々、それこそ嫌というほど目にしている。そして、ありとあらゆる格差はより急激により甚だしく、拡大の一途を辿るだけのことだろう。これまでがそうだったし、現在進行中でもあるし、明るい未来が見えてきそうな気配すらない。
何だか不愉快な気分になってきた。
(やってられないよな。一般の庶民は)
陰鬱な気持ちでもある。
(それにしても、このおばさんはあいつとどういう関係なんだ? ひょっとしたら奴の血縁か? それとも後援会の関係者とか? でなかったら、ただのヒラの支持者とか? それどころか、信者なのか?)
「私にもお兄さんくらいの子供が二人いてね、もう少し年上なんだけど」
いきなり話がとんだ。
「はあ。そうなんですか」
久志の応答に大差はない。どうでもいいことに変わりはないのだから。
「そうなのよう。どちらももう社会人なんだけどね」
「はあ」
「上の子は東京大学を出て、大蔵省に入ってね、下の子は鳩居堂大学を出て、鈴木商事で働いているのよ」
「はあ。そうなんですか」




