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「百メートルの今の世界記録って十秒弱くらいか? 九秒七とか八ってとこだろ? だけど、俺だって、十二秒ちょいくらいでなら走れる。たった二秒ちょいの差だ。だけど、それは二秒ちょっとも違うってことでもある。考えてみれば、百メートルをいくら速く走れたところで、『それが何だってんだ? それが何になるってんだ?』ってことなんだけど。今の世の中、車だってバイクだってチャリだってあるわけだし。それに乗りゃあ当然もっと速い。だけど、何かを使ってじゃ誰も感心なんかしない。だって、誰だって出来るから。だけど、自分の足で百メートル十秒なら生業にだって出来る。それも、それだけで余裕で喰っていける結構な稼ぎのあるレベルの。それどころか、世界のトップクラスともなれば、相当な高額所得者だろうし、それこそそのトップともなれば、世界的な有名人で世界的なセレブの超高額所得者さ。だけど、十二秒じゃ小遣い稼ぎにもなりゃしない。そんなのはその辺にうじゃうじゃいるからな。十秒なら天才で十二秒じゃ凡人さ。天才は凡人の何十倍も何百倍も何千倍も稼げる。下手をするともっとかもしれない。ほんのちょっとした違い――たった数秒の差でセレブとモブさ。だけど、人間の世界っていうはそういうもんだろうよ」
久志はただ黙って俯いている。
「でないとやってられないだろ? 人間は相手が同じ人間だから競争するのさ。そこにこそ意味があり、価値がある。だから、あまりにもすごい奴――根本的に違っちまっているような、とんでもない奴が同じ人間であっては困るのさ。そんなのが同じ人間だったとしたら、駆り立てられるしかないんだよ。人は。羨望よりも嫉妬、それに嫌悪。何よりも、恐怖に」
「……」
「だから、人間はそいつが――そんな化け物が、自らすすんで捕まってくれるっていうんなら、鎖にだって繋ぐだろうし、檻にだって閉じ込める。モルモットにだってするだろうし、十字架に磔にして、火炙りにだってするだろう。
だけど、そんなのは嫌だろ?」
「それは……」
「だったら、神様は神様。人型白色発光体は……。あいつはあいつ。あくまで人間とは別物の何かでいてくれないと」
連蔵はここで間を置いた。
(俺は敵……。人類の敵……。なのか……)
久志は押し黙っている。
「…それにしても普通だよな」
連蔵は久志の瞳を覗き込むようにして口を開いた。
「…何が?」
何とか一言訊き返すのが精一杯だった。
「学食っていつもこのぐらいの混み具合だよな?」
連蔵の問いに久志は顔を上げ、辺りを見回した。
今一つ周りがぼやけて見えた。
「うん。まあこんなもんかな」
そうこたえておいた。




