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久志は週に三日、火水木曜日に大学に通う。
卒業するために必要な単位はあと二十。必修である西洋史ゼミで四、卒業論文で八単位を取るとして、残り二科目八単位で及第点である六十五点――C以上を取らなければならない。今年久志が履修予定科目として年次初めに登録した科目は全部で十三。登録出来る科目は全て登録しておいたわけだが、そのうちの六つはすぐに捨て、三つは期末試験だけで一か八かの賭けに出ることにした。残る四つのうちの一つが火曜の四限の西洋史ゼミで、残りの三つ――水曜日の二限と三限それに木曜日の三限――が地道に出席点を稼いで何とかしようとしている科目であり、これらが確実に取れそうなら一か八かの科目も捨てるつもりでいる。
七十四年館の五○六号教室――この建物でもっとも広い階段教室の一番後ろから全体を見渡しながら、講義もうわの空で、「こんなんでいいのだろうか?」と、久志は頬杖をついていた。
学生は結構来ていた。少なくともいつもくらいには。
「うーん」
久志は首を傾げる。
話が違う。
昨日、世界二十四ヶ所で同種とおぼしき怪物の姿がほぼ時を同じくして確認された。怪物たちはいくつかの都市をめちゃくちゃに破壊し、現在人類が所有する最高の兵器の一つをいとも容易く一蹴して見せた。
そして、久志は変身しこれを退けた。
呆気なさ過ぎるほどに呆気なく。
今日、起きた時にはすぐにでも家を出なければ遅刻する時刻だったから、録画したビデオをチェックする時間はなかったが、行きの電車の中で、新聞の見出しが一様に双頭有翼の怪物絡みだったことは確認出来た。多分昨日久志が巨大モニターで見た映像などは何度も繰り返し放送されたことだろう。双頭有翼の化け物が光の槍に刺し貫かれ消滅する瞬間や曖昧な輪郭で白く光り輝く人型が二十四匹のうちの一匹の前に突如出現し対峙、これをあっさり消し去ったところなども、どこかの誰かが撮影していて、その映像が流されたりしたかもしれない。いずれにせよ多くの人々――おそらくこの国に限ればほとんど全てといってもいい人々がそれらの映像を眼にした筈である。
「それなのに」と、久志には不思議でならない。
(恐くないのか? 不安はないのか? どうしてどいつもこいつも、こんなにも普通に、こんなにも普段通りでいられるんだ?)
同じ怪物が再び現れない保証などどこにもないし、その時にまた正体不明の何者かが現れて退けてくれる保証などどこにもありはしないではないか。それどころか、そいつですら――当人がいうのも何だが――人類から見れば、得体の知れない化け物ではないのか? もしかしたら、全く別種の怪物が出現して暴れまくることだってあるかもしれないというのに。それなのに、アパートを出てここに至る道すがら、商店街の風景も、電車の中も、都心の様子も、昨日と今日で違っていることといえば、新聞の見出しとテレビで報道特別番組が放送された(であろう)ということくらいしかないときている。
これでいいのか?




