怪談師、夜の空き家へ
丈が出会った女はとは言語は同じだが、地名の会話が全くかみ合わない。ここは一体どこなのだろうか。
透き通るような白い肌の女が悲鳴を上げていた。
叫ぶな否や女は腰に携えたナイフを引抜き、丈に向かって威嚇するようにかまえた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。怪しい者じゃない!」
丈は両手を挙げて叫ぶ。
いきなりナイフを向けられ驚いて叫んでしまったが、女との距離は6~7m程あり、すぐには襲われる心配はなさそうだ。
「人・・・か?」
女はナイフをかまえたまま、丈に話しかけてきた。
「そ、そうだ!俺は真田丈、ごく普通の一般人だ」
丈は両手を挙げたまま答える。
「ここで何をしている?}
女が聞いてきた。
「わからない。気を失っていて気づいたらこの森にいたんだ。それで死にそうなほど喉が渇いて川で水を飲んでいた。それだけだ!」
丈は必死に説明する。さすがにあの煙のことは信じてもらえないだろうと思い、黙っておいた。
「なるほど、気づいたらこの森にいたというのは訳が分からないが、敵意は無さそうだ」
女がナイフをしまいながら言う。
やっと女がナイフしまったことに安堵し、丈は両手を後ろに着いて天を仰いだ。いつの間にか日暮れ近くなっている。
「ナイフを向けてすまない。こちらを振り向いた時は化物のような顔だったのでね。思わず悲鳴も上げてしまった」
女が長い黒髪を揺らしながら少し照れたように言う。
そうか、喉が渇きすぎて人ならざる形相で水を飲んでいたらしい。充分に納得できるほど丈は切羽詰まっていたのだ。こちらにも多少は非がありそうだと思った。
「それで、ここはどこなんだろうか、俺は家に帰りたいんだが、近くに駅はあったりするかな?」
立ち上がりながら丈が聞く。
「ここは、アメフラの森の中だ、エキ?とはなんだ?」
女が困った顔で答える。
「アメフラ?聞いたことのない地名だ。俺は東京のアパートにいたはずなのに、それに駅を知らないってどういうことだ?バス停でもいいんだけど」
丈は混乱しながら聞いた。
「すまないがエキというのもバステイも知らないな。トウキョウノアパートという地名も聞いたことがない」
女も混乱しているようだ。
「嘘だろ。さすがに日本国民で東京まで知らないなんてありえないだろ」
困惑を超えて少し苛立ちながら丈は聞いた。
「待て、国民とは国の民という意味だよな?ここは二ホンとという国ではない。ダンシャベル王国というのがこの国の名前だ。お前は一体何者なんだ?」
女の言葉を理解するのに数秒かかった。ここは日本ではないこと、そしてダンシャベル王国。
女と出会って落ち着きを取り戻し始めていたはずが、目覚めた時よりさらに混乱している。
「俺は、一体、、、」
「私も混乱しているがお前はそれ以上のようだな。もしかしたら村長であれば何か知っているかもしれない。お前のいた二ホンという国のこともな。」
「村長?近くに村があるのか?是非連れて行ってくれ!頼む!」
土下座せんばかりの勢いで女に懇願した。
「いや、残念ながら近くではない、行くには森を抜けなければならないが、夜にこの森を歩くのは自殺行為だ」
女が空を見上げながら言う
丈も空を見た。確かに辺りはかなり暗くなっている。外灯もないこの森では完全に日が暮れたら何も見えない。
「近くに古い空き家がある。仕方ないがそこで夜を明かそう。急ぎたいのだが走れるか?」
女の提案は丈にとって願ってもないことだった。
「そこに連れて行ってくれ!お願いだ、いやお願いします!」
丈の返答に女は少し笑って走り出した。
長い黒髪の揺れる背中を追って丈も走り出した。
木の根に躓きながらも追い続けた背中が、やっと停止した。何とか日没までには辿りついたようだ。
目の前には確かに古い家があった。小さなコテージのような作りであり、ここで夜を明かせるならば贅沢すぎる程だと丈は思った。
女が戸を開けて中に入る。丈も「お邪魔します」と小さく言って中に入った。
窓際で座りこんでいると、女が二つのランタンに火を灯して持ってきた。
「お前の分だ、それから食べ物を探してくるからそこでじっとしていろ」
女が片方のランタンを丈に渡し、キッチンと思しき方へ向かっていく。
「ああ、ありがとう」
丈はランタンを受け取り、言われた通りにじっと火を見つめていた。
気を失う直前のことを思い出した。
俺が最後の蝋燭を消してしまったから、俺はこのダンシャベル王国とやらに来てしまったのだろうか。訳が分からない。どうやって帰ろうか、明日からどうすればいいのか、挙げだしたらキリが無いほどに不安が丈を支配しそうになる。
「待たせたな。あまり食べられそうなものはなかったが、我慢してくれ」
女が缶詰のようなもの持ちながら戻ってきた。丈の不安は突如現れた空腹感によってかき消された。
「助かる。何から何まで本当にすまない。本当にありがとう。あの、、」
「ん?ああ、お前には名前を言ってなかったな。私の名前はマイ、気軽にマイで構わない。私もジョーと呼ばせてもらおう」
女はマイと名乗り、優しく笑った。