第939話 決壊の序章
これまで隠していたことをここでぶっちゃけてしまうのだが、月光徒の2つ目のアジト───元はヴィオラのアジトであり、現在はチューバが使用している『チーム一鶴』も捕らえられていた牢屋があるのは、28の世界である。
元々チューバが使用していたアジトは19の世界にあり、探訪者にとってはそれ以来の月光徒のアジトである。
月光徒という存在に気が付いている探訪者にとっては、月光徒のアジトは近付きたくない場所であるので、大金を払ってなんとかアイキーを手に入れて目をつけられないように次の世界へ移動する───のだが、リューガ率いる『チーム一鶴』にそんな常識は通じない。
兎にも角にも、28の世界は月光徒のアジトなのである。
───そんな28の世界に存在する月光徒のアジトで、決壊の序章とも呼べる事件が起こることとなる。
日にちにして、月光徒の『チーム一鶴』襲撃から、実に2日後。
必然的───とも呼べるかもしれない事件が、いや事実が月光徒の幹部であるチューバのもとへと流れ込んできた。
「お前ら...それは、本当か?」
チューバの部屋に押しかけ、とある話をしにきた月光徒の一般兵。
「本当です。俺達は───俺達を代表する月光徒の一般兵士に分類される総勢327名は、月光徒の辞職したいと考えています」
チューバに対して、そう告げるのは一般兵の中でもリーダーを気取っているらしい男───スランであった。
その左右には、同じく一般兵のプライムとダイジョウの2人が立っていた。
そして、チューバの座る椅子の前に置いてある机には、数え切れないほどの辞職届が置かれていた。
その数は、辞職を決意した月光徒の一般兵士327名と同じであった。
「───やめるって...どうして」
チューバは、わかりきっていることを質問する。
月光徒の幹部は、『チーム一鶴』に負け過ぎている。
いや、『チーム一鶴』の視点から見れば、マフィンはペトンを殺して勝ち逃げした状態で異空間に飛ばされたから月光徒の「勝ち」ということになっているが、月光徒からしてみれば、してやられた───という感じだろう。
仔細を知らない月光徒の一般兵士からは、『チーム一鶴』と戦って、返り討ちにされた幹部が2人もいるような状態なのだ。
それでは、月光徒に危険を覚えて退職する人が出てきてもおかしくないだろう。
───月光徒はヤクザやヤンキーなどの荒くれ者の集団ではない。
手順を踏んで公式に正式に辞職すれば、暗殺されることもないし、月光徒側だってそこまで往生際が悪いことはできなかった。
殺人や略奪などの悪いこと繰り返している月光徒であったからこそ、往生際の悪いことは許されなかった。潔く辞職を認めなければならなかった。
「どうしてって...そんなの、わからないんですか?月光徒の幹部に、もとい月光徒に身を置けるほど信頼できなくなったからです。討伐部隊が組まれたわけでも、入念に練られた奇襲をされたわけでもないのに、『チーム一鶴』という組織に幹部が殺された。しかも2人も。その状況で、どうやって信頼していけばいいんですか」
「───」
スランの言い分は正しかった。
最強などとおだてられていた幹部が、2人も同じチームに敗北を喫しているのだ。それを見れば、すぐにでも『チーム一鶴』にチューバも殺されると考えるのが普通だろう。
もしそうなれば、残るはボス1人だけであり、全ての業務がボス1人で背負い受けるのは難しいだろう。
そうなれば、必然的に組織は崩壊。月光徒は解散───それは、考えても当たり前だった。
「───受け取ってください、チューバ様。そして、俺達を元の世界に返してください」
懇願───否、その勇姿を命乞いかのように説明するのは失礼に値するだろう。
スランの申請に、頷く以外の選択肢がないチューバ。そう、頷く以外の選択肢は無かったはずなのに───
「辞職届が300枚以上はあまりに多すぎる。その退職は、月光徒という組織に大きな損害をもたらすものだから拒否させていただく。1ヶ月ごとに2人───それを条件になら、退職を認めてやろう」
「1ヶ月に...2人?」
チューバが突きつけた無理のある条件。
327人いるということは、164ヶ月───約14年かかる計算だ。
1年もかからず幹部を2人も殺されたというのに、残り14年。到底、持つとは思えない。
「───わかりました。こっちの辞職は受け付けてくれないのですね。了解しました」
スランは、呆れたような声を出してそう口にする。そこ声と瞳には、失望と次なる一手への布石が映っていた。
こうして、その日はなんとか辞職を回避させたはずだった。
───のだが。
「───は?」
翌日、チューバが一般兵士の集う会場に顔を見せても、そこには誰一人としていなかった。
「いない...いないって、どういうことだよ...一体なにがあって...」
チューバが、思考を回して何が行われているかを思案する。
そして、頭に思い浮かんできたのは一つの可能性。
「───ストライキ?」




