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第934話 幹部の枠

 

「───チューバか、入れ」

 月光徒のボスであるステートのいる部屋をノックした、幹部であるチューバ。

 重く低い声で告げられて、チューバはゆっくりとその木でできた扉を開ける。


 天井に吊り下げられた小さなシャンデリアの弱い光に照らされながら、何か作業をしている黒いワンピースを身に纏ったステートの姿が、そこにはあった。


「『チーム一鶴』はどうなった?」

「───その報告で、ここに馳せ参じました」


 ステートの姿からは似つかないほどの威圧感を感じながら、チューバは『チーム一鶴』のことを報告しようとその口を開く。


「私とマフィンがそれぞれ部下2人連れて、合計6人で『チーム一鶴』を奇襲しに行きました。私が連れていたのは『付加価値(アディショナルメンツ)』のムレイとシュベックです。ですが...私以外は全員死亡。もしくは戦闘不能の事態に陥りました」

「そうか...」


 きっと、今の報告でマフィンもが戦闘不能に陥れられたことに気付いたのだろう。

 そして、ここに現れないということは怪我ではなくその場に姿を表せられない───例えば死んでいないけれども、その肉体が既にこの世界からは失われているなどの理由があることも、永年を生きているステートにはすぐにわかったことだろう。


 ヴィオラに続き、マフィンもが『チーム一鶴』に殺されてしまった。

 いや、実際には死んでいないけれども、異空間に送られてもうこちらの世界に戻ってこないという点では、死んだのとほぼ同義だろう。

 とにかく、『チーム一鶴』の手によって月光徒は大打撃を受けているのである。


 思えば、25の世界にあった人口精霊をも中途半端な状態で発動してしまったため、キリエ・ショコラティエの完全復活は叶わなかった。

 人員を多く殺害され、人口精霊の実験も途中で止められてしまう───月光徒にとっては悪いことばかりの『チーム一鶴』。


 その対策として作った集団だって、『チーム一鶴』のメンバーを1人だって殺せずに今まで来ている。

『チーム一鶴』が、そこまで強い集団か───と聴かれると、そこまで苦戦するほどではないだろう。

 もちろん、バトラズやモンガなど最強格は存在している。でも、他のメンバーは別だ。

 魔女候補はともかく、リーダーのリューガや副リーダーのユウヤは、それほど強い部類ではないし、幹部であれば瞬殺できるくらいだった。

 それなのに、上手く行ってないことは『チーム一鶴』に何か特別なバフでもかかっているのかなどと思ってしまうけれど、幹部を2人も倒されている以上、ある程度の今のは過小評価で強さは認めないといけないのかもしれない。


 ステートが「そうか...」などと口にした後、沈黙が続いていた室内。

 ただ、ステートが書類に筆を動かす音だけが聞こえていた。それに耐えきれなくなったチューバは、ボスであるステートにこんな提案をする。


「───幹部の枠は、誰かで埋めないのですか?」

「幹部の枠───か」

「はい。私以外の2人はもう戻ってこれないですから、その枠を取っておく必要はありません。月光徒が始まって一度もない、前代未聞の事態ですけれど幹部の穴埋めをする必要があるかと」


 筆を止めて、チューバの方をちらりと一瞥するステート。

 静かに聞いてくれたのか、チューバは話を続ける。


「このままでは、お言葉ですが本当に月光徒が崩壊してしまうかと。もう、その足音は聞こえています」

「崩壊の音...か。『チーム一鶴』に負けるとでも言うのか?」

「間接的には関わってきますが、直接的な要因ではありません。幹部が2人も『チーム一鶴』にやられているとなると、一般の団員から不満が募るということです。ストライキが起こる可能性もあり、危険かと」


「誰かに幹部を任せるようなことはしない」

「───どうしてですか」

「幹部という器に相応しいものがいない」

「と、言うと?」


「簡単だ。幹部に必要なのは何かわかるか?」

「圧倒的な強さと、統率力?」

「そうだ。そのどちらをも持っている人物がいない。あの2人には、圧倒的な強さだけでなく有事の際はしっかりと周囲を統率できるだけのカリスマがあった」

「それでは、オイゲンはどうでしょう?彼なら圧倒的な強さもカリスマ性もありますよ?」


「オイゲンは駄目だ。私が幹部に欲しているのは、熱烈で鮮烈な指導者ではない。彼は、チームを率いすぎて、叛逆を起こされたら大変だ」

「カリスマ性がありすぎる───というのも困るということですか...」

「そうだ...」


 チューバが、『付加価値(アディショナルメンツ)』の中から幹部に適ししていそうな人材を考えるけれども、どれも該当する人はいなかった。

 ある者には圧倒的な強さと呼べるようなものがなく、ある者には誰かを率いることができるような人望やカリスマ性が無かった。


 チューバがそんなことを考えていると、ステートがチューバに対してこんな声をかける。


「疲れただろう。少し安め。マフィンの死は、まだまだ大きな変化の始まりに過ぎない」

「───わかりました」


 チューバはそう口にすると、一礼して部屋を出ていった。

 大きな変化───ステートの言うそれが何を表しているのかはわからかったけれども、これから先月光徒になにかが起こってしまうのは間違いでは無さそうだった。

長すぎた1日、終了!

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