第919話 最古参
「まさか、魂を縛り操る『想像無操』を解除できるとは思いませんでしたが...『憑依』で魂が変質していたのなら有り得ない話ではないですね...」
ムレイは、静かにそう考察する。
そこに焦りが無いことがムカつくが、もういい。
俺とリカは、ここから反転攻勢。『チーム一鶴』最古参の強さというのを見せてやるだけだ。
「───と、リカ。ムレイと勝負する前にだけ、約束してくれ」
「なんですか?」
「今、俺達の目の前にいるムレイは強い」
「───はい、わかっています」
「強いからって、もう自分から死ぬなんてこと、しないでくれよ?」
「───わかりました」
俺は、そうやってリカと約束をする。
もう、9の世界のような悲劇は繰り返したくないのだ。俺を食べて、リカが死ぬ───だなんてことは避けたい。
「もし俺が死んだら、リカは俺を抱えて逃げてくれ」
「わかりました。では、もし私が死んだら───」
「おっと、その仮定は必要ないな」
「───へ?」
「リカが死ぬ───だなんてことはあり得ねぇ。俺が全力で守るからよ」
「リューガさん!」
「じゃあ、行くぞ」
「はい!」
そう口にして、俺とリカは動き出す。俺は左から、リカは右から弧を描くようにしてムレイの方へ接近する。
もう俺もリカもムレイに触れられているし、それに加えてリカに関しては『想像無操』を打ち破っているため、もうムレイの『想像無操』に関する脅威はない。
「───肉弾戦ですか...わかりました」
ムレイがそう口にすると、『想像無操』で自らの身体の形を変質させる。リカと同じようなサイズにまで大きくなり、筋骨隆々とした肉体を象った。
「行きますよ、『硬化』ッ!」
そう口にして、右の拳を黒く変色させてムレイの左肩に対してその拳を振るう。
「───ック!痺れはしますが、まだまだダメージにはなりませんね...」
「リューガさん、硬い装甲みたいになってて割れません!」
「そうか、了解した!」
リカが、2歩ほど後ろに下がったところに俺は入り込み、そこですぐに『破壊』を使用し、その硬い装甲にヒビを入れる。
「これでどうだ!」
「───ッグ!ヒビが!」
「治す暇なんか与えません!」
ムレイが、俺の『破壊』でできた傷を『想像無操』で治そうとするものの、リカがすかさず殴って完全に壊したために、ムレイの左肩にできた装甲を打ち壊した。
「このまま、ムレイの心臓を『破壊』するぞ!」
「わかりました!」
俺の指示を聴いたリカは、硬化により固くなった両腕で、ムレイの左肩をもいだ。
「その左腕も、まだ『想像無操』で変化する可能性があるから気をつけろ!」
「了解です!」
「それじゃ、俺は『破壊』ッ!」
”バキバキッ”
「───うぐッ!」
ムレイは、そんな声を上げる。コイツは、『想像無操』で触れた人物を操ってきたばかりで、肉弾戦はしたことがないだろうから、どれだけマッチョにして外見を強そうにしようとも、それほどの強さは持っていないことが見て取れる。
だから、こうして一方的にボコボコにできているのだ。
「───って、あるべきところに心臓がねぇ!」
俺は、『破壊』したことで気付いたが、ムレイの心臓はそこにはなかった。そう、『想像無操』で肉体が動かせるというのなら、心臓の場所も動かせているのだ。
「ふふふ...残念ですね。心臓なんかもう体の中で色々なものと融合しすぎて無くなってしまいましたよ...」
「んだと!?」
「私には、脳もない。肺も小腸も肝臓さえもない。外見が悪ければ内部は存在していないんですよ...」
ペストマスクを付けているし、先程から話を聞いているに外見を気にしているのはわかっていたが、まさか内臓も存在していなかったとは。
ここまでどうやって生きてきたかわからないが、それでも俺が倒さない理由にならない。
「心臓が、急所が無いのなら、お前のことを無にするだけだ」
「受けて立ちましょう」
「リカ。そっちの左腕を潰してくれ」
「了解しました!」
「『破壊』!」
「『硬化』!」
俺達は、それぞれを分担してムレイのことをボコボコにした。『想像無操』で体を動かそうとするところから『破壊』で潰し、ムレイの体を少しずつ削っていった。
そして、ムレイに勝利したのだった。
───もう、触れたら一発アウトの『想像無操』の対策ができてしまった以上、俺達の敵じゃないのだ。
ここは、静かに退場してもらうことにした。
───『チーム一鶴』最古参 リューガ・リカvs『付加価値』の『零』ムレイ。
勝者、『チーム一鶴』
「───これで...オッケーでしょうか」
黒く変色した手を戻したリカがそう口にする。俺の方も、ムレイのことを跡形もなく『破壊』したので、これにてムレイの討伐完了だ。
「あぁ、オッケーだ」
「それで...その、リューガさん」
「───どうかした?」
「───ショウガさんは、本当に死んじゃったんですか?」
「───あぁ、そうだ」
俺の言葉を聴いて、リカはシュンとする。リカは、考えていることがわかりやすいのは変わらないようだった。
「ショウガの最期を、俺はこの目で見れたわけじゃない...リカと一緒だ」
ショウガの死を俺は見れていないし、リカの死も直接見たわけではない。だから、こんな声をかけたかった。
「───だから、死なないでくれよ?俺の見てないところで」
「───はい」
リカは、小さく、だけど力強い声でそう返事をしたのだった。そして、リカはその小さく柔らかい手で俺のことを優しく包んだのだった。




