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第902話 『愚人礼賛』

 

 瓦礫の中を、小さな体躯であるために縫うようにして進むことができる俺が、瓦礫の中からの脱出を望んで進んでいると、瓦礫と瓦礫の狭間の中にできた空間で見つけたのは、鋼鉄のペストマスクを付けた直立二足歩行ではない人物───生物。


 ───というのも、その足はタコのように8本の───正確には、2本は足ではなく手の役割をしているので6本の触手になっており、地面にうねるように8本存在しているのだ。


 どうやら、向こうは俺のことにまだ気が付いていないのか、こちらを向くことも意識を向けることもない。

 だから、しようと思えば暗殺することも可能であった。


「そうだな、奇襲が一番だろう...」

 俺は、その生物の身分を知っていたからこそ、誰にも聴こえないような声でボソリと口にする。


 そう、目の前にいる生物は月光徒だ。

付加価値(アディショナルメンツ)』の『零』であり、『愚人礼賛』という異名を持つムレイという生物。


「あの姿で『愚人礼賛』とは...」

 地球人の俺からしたら、エラスムスの「愚神礼賛」を変えたものなのは明白だが、この世界にエラスムスはいないので、地球生まれ地球育ちの誰かにでも付けてもらったのだろう。

 フェニーとかが付けていても何もおかしくはない。ヌルかもしれないけれど。


 ───と、異名の由来が誰かなんてどうでもいい。


 今大切なのは、どのようにして奇襲をするか、だ。

 ムレイがどのような能力を持っているのかは知らないが、『付加価値(アディショナルメンツ)』という集団にいる異常、チートかそれに近しい能力を持っている可能性が大きい───そう考えるのは容易である。

 だから、奇襲して倒すことが一番大切なのが、どんな方法を使用するのか。


『冷凍』で凍らすのか、それとも『生物変化』を使用するのか。安定をとって『破壊』を使用するのもいいかもしれない。

 だけど、一番の問題は『付加価値(アディショナルメンツ)』の中に、月光徒に操られているもう一人の俺がいるということ。いや、今は月光徒によって増殖させられているらしく、もう1人の俺は残り9体いるらしかった。もう9人の俺───とは呼ばない。気分の問題だ。


 まぁ、1人だろうが9人だろうが今この瞬間に関してはほとんどどうでもいいことだと言えるが、目の前にいるムレイに、もう1人の俺から俺の情報が伝わっている───もう少しハッキリと言うのであれば、実践形式で戦っており、俺に対して熟知しているため、俺単体で挑んだら完封されてしまう可能性があるということだ。

 もし、そんな状態になっているとしたら、俺が奇襲をしても対策されてしまうこととなる。


 ならば、相手の虚を突くような攻撃をできればいい。そうなると───


「───よし、決めた」

 俺はそんなことを口にして、まだこちらには気付いていないムレイの方へ照準を合わせる。

「『雷霆万鈞』」


 俺はそう口にして、体に電気を纏う。触れたものは感電し、あわよくば感電死だ。

「その電気を俺は利用する」


 俺は、浮遊しながらムレイの後方にまで移動する。数メートルの距離まで来たが、まだムレイは気付いていないようだった。けどまぁ、浮遊には音がない。気付かないのも仕方ないだろう。

 目の前にいるムレイに向けて、俺は最初で最後の奇襲を行う。息を大きく吸い込んで───


「───ああああああああ!」

「───ッ!」


 俺が叫ぶと同時、ムレイを囲うように生み出されるのは氷の針。俺の能力の1つである、『氷山の一角の一声』のであった。

 その氷の針に伝播するようにして、俺の体に纏われた『雷霆万鈞』は氷の針1本1本に伝播する。


 正確には、氷が溶け出ることででる水に伝播ているのだけれど、細かいことはどうでもいい。

「───これは」

「電気砲だよ。痺れ死ね」


 その言葉と同時、ムレイに対して放たれる電気砲。そのまま、ムレイの体には電気が走り───


「『想像無操』」


 その言葉と同時、どこからか飛び出すようにやってきた、人間───の死体。

「───ッ!」

「ひどい、ですね。奇襲だなんて。ブスも呼吸してるんですよ?」


 そんなことを言い残し、鋼鉄のペストマスクを見せつけるようにするムレイ。

「この死体は...お前がやったのか?」

「まさか。隕石で押し潰れた人達のリサイクルですよ」

「───死体を操ることができるのか?」

「いいえ、魂を操ることができるんです」


 想像無操・・・触れた人物の魂を抜き取り、操り人形にすることが可能。


「───ッチ、奇襲は失敗か」

「奇襲しようとしていたのですね。もし成功していたら私は死んでいたでしょう」

 ムレイの表情は見えないが、口調だけ見ると淡々とそんなことを口にしていた。奇襲が失敗した俺は、ムレイから距離を取るようにして動く。が───


 ”ボコッ”


「───ッ!マジか」

 俺の移動先にあった瓦礫の中から出てきたのは、また別の死体であった。

 体ははち切れているのに、まるで操り人形かのように動いているのだ。俺は、ソイツに掴まれるけれども『破壊』を使用したことで、なんとか逃げることに成功する。


「───勝負だな、ムレイ」

「えぇ、もちろんですとも。負けるつもりはございません」


 ムレイのペストマスクの中が、キラリと光ったような気がする。

 俺とムレイとの戦いが、ついに今幕を開けたのだった。

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