第875話 第二次境内戦争 ─爆散─
「───おい...これは...どういうことだ?」
イブが目にしたのは、俺達がいとも簡単にキリエ・ショコラティエの前で敗北している姿。
まず、俺達はサンバードと戦っていたはずなのに、そこに本殿の入口にいたキリエ・ショコラティエが存在していることも疑問に思うだろう。
イブにとっては、色々理解できないことも多いはずだった。
「初めまして、アナタはここに倒れている皆さんの仲間ですか?」
「───お前は、何者だ」
「質問に答えてください。対話ということは、この世を理解することにおいて何よりも大切なものです。アナタの持つ疑問やその感情を解明するのに、必要なことですよ」
キリエ・ショコラティエは、声色一つ変えずにイブに自らの質問に答えるよう説明する。俺は、2人の表情が見えないので全くの想像になるのだけれど、きっとイブはステラも倒れていることを見て、キリエ・ショコラティエを睨み、睨まれているキリエ・ショコラティエは、俺達と相対したときと全く同じ表情をしていることだろう。
「さぁ、答えてください。アナタはここに倒れている皆さんの仲間ですか?」
「あぁ、そうだ。俺も『チーム一鶴』のメンバーの1人、イブだ。答えたし名乗っただろ、さぁ答えろ!お前はどこの何者だ!」
「原初の魔女マリアの6人目の弟子、キリエ・ショコラティエ───を元に作られた、人工精霊でございます。現在、サンバードという男の体に憑依しておりますので、以後お見知りおきを」
「───ッ!魔女ッ!」
イブは、目の前にいる魔女に驚きが隠せない。それが、人工精霊かどうかなど関係はない。
「見た感じ、アナタはかなり強い魔法使いだと見受けられます。アナタも、魔法を持っているのですか?」
「───あぁ、そうだ。魔女様の前で魔法の隠し事はできなさそうだから素直に認めておく」
「そこに倒れている獣人からも似たような感覚を感じますが、そちらも?」
「あぁ、そうだ!お前、ステラを殺したのか!?」
「殺してはおりません。確認しても構いませんよ?」
「───」
イブは、キリエ・ショコラティエのその言葉を聴くと、真っ先にステラの方へと駆けつける。
これは音で認識したもなので、見たことではないが、イブの動きから考えてそうしか有り得ないだろう。
「───ッ!心臓が止まってる!お前、嘘を!」
「あぁ、そうでしたそうでした。止めているんでした」
「───ッ!」
そう、今の俺達の心臓は止まっている。呼吸もしなければ鼓動もしない。
だけど、俺達は生きている。こうして、意識は確かに存在している。きっと、それは他の4人も一緒だろう。
ただ、肉体が正常に作動していないだけ。言葉で表現するのであれば「魂」はしっかりと生きている。
「正確には、今ここにいる5人の肉体は活動を停止しています。ですが、魂は活動し続けているので生きてはいます。きっと、この声もアナタの声も聴こえているはずですよ。何か声をかけてあげたらどうです?」
「適当なことを言うな、ステラを殺したこと、俺は赦さないッ!」
激昂するイブの声を聞きながら、俺は1つ考える。
どうして、キリエ・ショコラティエは俺達を殺していないのだろうか。
これだけ力を持った魔女なら、人工精霊であったとしても一瞬で俺達のことを殺すことができるはずだった。
なのに、キリエ・ショコラティエはそれをしていない。しようとする意思を見せない。
俺には、キリエ・ショコラティエの考えが理解できなかった。その思考の真相と深淵を、俺には追求することができなかった。
「飲み込め、このクソッタレを!」
その言葉と同時、俺達のいる本殿を取り囲むようにして動かされていた大地が、キリエ・ショコラティエの人工精霊を破壊するため渦を巻くようにして動いていた。
───のだが。
「魔法とはなにか」
「───ッ!」
その時、外で何かが爆裂したような音がする。それにより、建物全体が揺れる。だけど、肉体が機能していない俺達にとってはそんな揺れなどほとんど影響はなかった。
だが、問題はイブだ。
「魔法が...使えない?」
イブが、そう口にする。その口ぶりから、すぐに魔法が使えないことが理解できた。
キリエ・ショコラティエは「〇〇とはなにか」と口にすると、〇〇に入るものの機能を停止する能力───そう思案した。
だから、俺達の肉体は動かせなくなっているし、イブの魔法も使えなくなっていた。
「魔法とはなにか、私はわからない。沈思黙考しなければ、沈思黙考しなければ...」
キリエ・ショコラティエは、そう口にしている。だがきっと、彼にとって魔法が何かなどわかりきったことなのだろう。
「魔法がなくとも、俺はお前を殴れるんだよッ!」
魔法が使えなくなったという驚きから、すぐに我に返り行動に移したのはイブであった。イブはその拳で、キリエ・ショコラティエを殴ることを目的とする。が───
「諦めない心は評価しましょう」
「───ッ!」
"ドンッ"
刹那、イブが壁に激突する音がする。きっと、イブも俺達と同様に吹き飛ばされてしまったのだろう。
イブでさえも勝てないとなると、誰がキリエ・ショコラティエに勝てるというのか───。
俺は、動けないからだで思考することだけを続けた。




