第859話 第二次境内戦争 ─愚者─
───こちらは、蜜月神社の入口から少し進んだ先にある参道。
長い石段の前で、『チーム一鶴』の魔導士であるセイジと、『妖精物語』の『憑』であるポゼッションの勝負が開始する。
「───と、君の能力は『憑依』だけじゃ無さそうでちゅね」
「あ、やっぱり気付くんだ。僕が隠し通せていなかったかな?」
「そうじゃないでちゅ。何もリューガと似たような感覚がちまちたから」
「───じゃあ、やっぱり『チーム一鶴』のリューガも『憑依』を持ってるんだ」
「───ここではもう、否定すべきところじゃないでちゅね。そうでちゅ、リューガは『憑依』を持ってまちゅ」
「そうか。じゃあ、ルージョンは裏切ったわけじゃなかったのか。よかった...」
ポゼッションの、そんな安堵したような声。ポゼッションは、どこか納得しているようだった。
「───んで、さっきから能力を使用しているみたいでちゅが、ぼくには効果はないでちゅよ?」
「───ッ!気付かれていたか...」
セイジは、そう口にする。
何か、眠りたくなるような攻撃が仕掛けられている───ポゼッションが、『ゴエティア』序列34位のフルフルに『憑依』したことで奪い取った『愚愚』を発動させているのだけれど、セイジには通用しない。
「ハハハ、すごいなぁ...やっぱ、強い人にはこんな小細工は通用しないんだ」
「強かろうと弱かろうと能力であれば通用するんでちゅけどね...眠くさせるくらいならば、ブーストくらいでなんとかできるんでちゅよ」
「───そうか。なら、この小細工はやめにします。また、油断してるときにでも」
「残念でちゅね。ぼくが油断することなんかないでちゅよ」
ポゼッションは、セイジのその反応を見てやれやれと言わんばかりに首を振るった。
もし、ここでセイジを眠らせることに成功していたら、確実にセイジを殺すことができたようだけれど、どうやらそこまで上手くはいかないようだった。
「それに、油断しているのはそちらだ。唸れ轟音。サンダー」
「───ッ!」
”ゴロゴロゴロ”
そんな力強い音を立てて、ポゼッションの方へと落ちていく雷。空を穿つようにして現れたそれは、的確にポゼッションの体を貫いたのだった。
「───うぐッ!がぁぁぁ!」
そんな叫び声をあげて、体を焼き切るような痛みに耐えかねるポゼッション。
「まだまだだ。滅べ、灼熱の限り。ファイヤー」
そして、生み出されてた紅蓮色の炎の渦が、ポゼッションに対して襲いかかる。暴力的なその炎を避けることなどできずに、ポゼッションの体にはプスプスと燃えていくのだった。
「───ぐ...強力、強力な魔法だ!」
口から、灰を吐き出すようにして言葉を出すポゼッション。その双眸は、それ相応にセイジを捉えていた。
───魔導士に勝つ方法はなにか。
その疑問には、たった1つの答えで事足りる。
そう、魔導士の持つ魔法杖を奪い取ってしまうことだ。
魔法杖さえなければ、どれだけ強い魔導士でも、固有魔法以外の魔法を放つことはできなくなってしまう。
もちろん、相手が固有魔法を持っていた場合は「魔法杖を奪う」という方法そのものが取れなくなってしまうのだけれど、セイジの場合はそれで倒されることができてしまうのだ。
───が、ポゼッションは頓珍漢なことばかりすることで有名だ。
であるからこそ、魔導士を倒す定石とも言える魔法杖を奪う───という方法は実行しない。
ポゼッションは、もう1つの方法で勝つことを望むのだ。
「『愚者愚者薔薇薔薇』!」
それと同時、セイジの方へ向けて放たれる薔薇。セイジは、それをなんとか避けようとするものの、回避に失敗してその薔薇はセイジの体に巻き付いてくる。
「───ッ!なんでちゅか、これはッ!」
「知りたいのなら、教えてあげる。これは、君の栄養を───即ち体力を奪い取る薔薇だよ」
愚者愚者薔薇薔薇・・・人の栄養を吸い取る薔薇を生やすことが可能。
「そうきまちたか!」
魔導士にとって、体力は魔法杖と並んで最も大事なものだ。
何故なら、体力が無ければ魔法杖があっても魔法が放つことができないから。
ファンタジー小説では「魔力」などと表現されるものそのものが、セイジ達にとっての体力なのだ。
「───だけど、ぼくにそんな小細工は通用しないと言っているでちょう!」
そう口にして、力が抜けていっているのとは裏腹に、しっかりと魔法杖を握るのはセイジ。そして───
「燃やし尽くせ、ファイヤー」
”ドゥ”
そんな、低い音を響かせて、自らの体を蝕んとする『愚者愚者薔薇薔薇』を燃やしてしまう。
「───ッ!すごいね、やっぱり燃やしちゃうとは...」
ポゼッションは、『愚者愚者薔薇薔薇』を燃やされてしまうことに驚いているようだった。
だが、それでもポゼッションは『愚者愚者薔薇薔薇』を使用することを諦めない。
「これなら、止められる?」
ポゼッションが再度『愚者愚者薔薇薔薇』を使用すると同時、併用されるのは同じくポゼッションの能力である『暴風の芽』であった。
「ファイヤーが...風によって消されていくッ!」
セイジは、そうやって驚くような声を上げていく。『愚者愚者薔薇薔薇』によって体力を吸い取られている中でのこの勝負、女神はどちらへ微笑むのか───。




