第824話 『引き寄せ合う鉄と欠落』
タイトルの読み方は「バグネット」です。
「───うっせぇ、お前はここで野垂れ死んどけ」
そんな罵倒は、『妖精物語』のメンバーが集った会議室に突如登場した『ゴエティア』序列34位のフルフルに対してのものだった。
「あれ?眠らない...1人しか眠らないなぁ?」
一方のフルフルは、自らへ対する罵倒など全く気にせずにそんなことを口にして自らの『愚愚』が効いていないことに気が付いていた。
しかも、フルフルは自らが原因不明の視界の歪みができていることに気が付いていたのだ。
グワングワンと揺れるその視界に、吐き気を催しつつフルフルはフール以外の人物が眠らないことを認識しては、別の方法を思案する。
「───俺様達は眠らねぇ!お前をここで殺してやらぁ!」
そう口にして、フルフルへと接近するスクラッチ。その手には、己の血でできた刀があった。
スクラッチが、こうして液体の血で固形物を作れているのは彼が持つ『血戦』という能力のおかげである。
そして、スクラッチはフルフルの首を切るように空中でその体を大きくひねり反動をつけて───
「『引き寄せ合う鉄と欠落』」
「「───ッ!」
フルフルに接近してたスクラッチは、反発するかのように後方に吹き飛び、吹き飛んできたスクラッチから距離を取るようにポゼッションやコンティーは動いたし、寝ているフールでさえも地面を滑るように不自然に移動しながらスクラッチから離れていった。
───逆に、ミックスは吸い付けられるように、特殊な引力が働いているかのように、フルフルの方へと接近していくのだった。
「な、何が起こってるの?!」
「『引き寄せ合う鉄と欠落』───の、影響かなぁ?」
自らの能力である癖に、理解できていなさそうなのは───いや、それが従来の口調であろうフルフルであったから、フルフルとしてはこれが自らの能力の影響だと理解できているのだろう。
引き寄せ合う鉄と欠落・・・生物学上の男と女を引き寄せ合わせ、男と男及び、女と女を引き剥がす。
「性別磁石───ってことちゃうか?」
そう口にするコンティー。頭脳派のフールが寝てしまっている以上、他のメンバーでその埋め合わせをしなければいけないのだが、この部屋にいる紅一点であるミックスだけがそう引き寄せられたことによりそう認識する。
「ちょ、ちょ!私はどうしたらいい?」
「ミックスを引き寄せるために、俺たちの磁力でなんとかならないの?」
「うっせぇな、やろうとしてるわ!皆一気に動いたらそこで退け合うだろうがよ、阿呆が!」
ポゼッションの提案に、怒鳴り散らかして返すスクラッチ。
スクラッチはなんとか前進してミックスの方は進もうとしていた。
「いや、スクラッチ!駄目や!」
「あ?」
「このままやと、ミックスがそっちに吸い寄せられんじゃなくてスクラッチも吸い寄せられてフルフル・ミックス・スクラッチのハンバーガーが完成してまう!」
コンティーがそう見極める。その3人が密着するということは、フルフルによって唯一の攻撃役であるスクラッチが攻撃されやすくなることなのだ。
無論、フルフルに接近して攻撃しやすくなるチャンスなのかもしれないが、相討ちになる可能性が大きすぎる以上、攻撃に転じるのは危険すぎる。
「───ッチ!ミックス、どうにか考える!なんとか生き延びれや!」
「生き延びれって...」
命令形ではなく已然形かと突っ込もうとも思ったが、依然そんな余裕はない。
「さて、まずは1人。どう殺そうかなぁ?」
そう口にするフルフル。ミックスはその発言を聴き、覚悟を決める。
「あぁ、もう!サンバード様、私に力を!『古混東在』!」
そう口にして、ミックスは能力を使用する。
「いい能力、来いッ!」
古混東在・・・ランダムに能力概要が変化する。
そう口にすると、ミックスの能力は、形を変える。
「来た!今日の能力は当たり!『次元歪曲』だ!」
次元歪曲・・・次元を歪ませる拳を放つことが可能。人に放てば、殴られたところから体が歪み、歪な形に変貌し、空間に放てば、時空が歪んで数分先の未来に移動することが可能。1撃放つごとに10分のクールダウンが必要。
そんなことを口にして、ミックスは一縷の望みをかけてフルフルに対して『次元歪曲』を発動させる。この技には、1回につき10分のクールダウンがあるために、これが失敗したらミックスが自身で助かることは不可能だろう。
「くらいなさい!『次元歪曲』を!」
使用される『次元歪曲』は、そのままフルフルの腹部に直撃して、その体を歪ませて渦巻きを描くようにして、生物としての姿をやめて───
───というのは、全くの妄想。実際は───
「───え?」
「『暴風の芽』。極小版かな?」
フルフルはそう口にして、左手の腹に極小の暴風を発生させて、その拳の進行を止めていた。
「んな───」
「まずは一人、殺そうかな?」
「おい、やめろやァァァ!」
スクラッチの絶叫と共に、ポキッという小さな音が会議室に開く。暴風の無い右手で、ミックスの首を掴んで、骨を折ったのだ。
呆気なさ過ぎる死。人は、こんなにも簡単に死亡するものなのか。
「───あ、俺またなんかやっちゃいました?」
そう口にするフルフルに、その場にいる全員は怒りを見せる。
───まだ、フルフルとの戦いは始まったばかりであった。




