第821話 『天使になりたいお年頃』
「───私の剣を止めるとは、小賢しい奴め!その理由は、このまま止められなければヴァトルの首を切れてたからだ!」
そう口にするのは、『ゴエティア』のマルコシアスであった。
マルコシアスは、現在『宵闇は良い病み』で視界を塞がれつつも、ヴァトルと対等以上の勝負をしていたのだ。
そして、声とその剣から伝わる感覚によって、オーガが帰ってきたことを認識した───という感じだろう。
マルコシアスにとって、ヴァトルは邪魔でしかない存在なのでこう言われても仕方ないだろう。
再度、オーガの体を燃やすための紅蓮の炎を吐くためには───『天国からのヘルファイア』を使用するためには、後10分ほど時間がかかる。
この戦いの中で、もうマルコシアスは炎を吐くことはできないだろうし、実際に炎が吐かれることは無かった。
「圧倒的窮地───とでも言うのかな。その理由は、見えぬ目の前にオーガとヴァトルの2人がいるからだ」
「そうだ。お前は今、圧倒的窮地に立たされている。そして、それを覆せることはできない」
「ですです。マルコシアスは、戦時下でなく今、死ぬのですよ。歴史の史料にも一切残らない誰も知らない戦いとなるでしょう」
3人が、一言ずつそう言葉にする。
「───逆転してやる」
「「───は」」
マルコシアスのそんな呟きと同時、不穏なオーラを感じ取った為に、オーガとヴァトルは本能的にマルコシアスから距離を取るような行動を取る。
2人は、後方に飛んでマルコシアスの攻撃に備えることにしたのだ。
「───『天使になりたいお年頃』」
そう口にするマルコシアス。その言葉を、その能力名を口にするのは、マルコシアスの人生において2度目の経験。
「全ての能力を糧として、私は全てを手に入れる!」
そう口にすると同時、マルコシアスの体から能力が失われていく。
『天国からのヘルファイア』と『火馬』と『天使になりたいお年頃』の3つを糧に、『天使になりたいお年頃』による己の強化を行う。
天使になりたいお年頃・・・己の能力を引き換えに、強さを手に入れることが可能。もちろん、この能力も引き換えにすることが可能
「これまでの力は能力1個分の力であったがな...ここからは、能力4つ分だ。ここで能力を全て捨ててしまったのは痛いが、死んで終わるよりはいいだろう!」
そう口にするマルコシアス。2人は、マルコシアスが放つオーラに気圧されて、動けずにいた。
「強いことがプンプン伝わってくるッ!」
「もはや兵器の類ですかね...生身の私達では勝ち目が薄いかもしれません」
「安心しろ!目は見えていないが、2人の首の位置はわかっている!痛みを感じるよりも前に、一瞬で斬り落としてやる!」
そして、マルコシアスは動き出す。狙うはやはり、強敵であるオーガであるようだった。
「おらッ!」
剣が振るわれ、空気が揺れる。オーガは、なんとか刀を具現化してその攻撃を受け止めたものの、両の腕が痺れて、ボトリと刀を落としてしまう。
「───ッ!」
「貰った!」
そう口にして、オーガの首を刎ねようと剣を振るった時、オーガを庇うように突き飛ばしたのはヴァトルであった。
「───ヴァトル!」
オーガはそう名前を呼ぶけれども、己はそのままドサリと地面に倒れてしまう。
「───ぐっ!」
ヴァトルは、対抗策として先程盾として使った机の脚を外して持ってきたようだったが、そんなものでは強化されたマルコシアスの剣は止められずに、机の脚ごと体を横一文字に切られてしまい、そのまま血を吹き出させて倒れる。
胸の辺りで、バッサリと切り取られて、ヴァトルは倒れる。
「オーガ...後は任せた。戦争...万歳...」
そう口にして、ヴァトルは息を引き取る。
「ヴァトル...ヴァトルゥゥゥゥ!」
オーガは絶叫するけれども、ヴァトルの絶命はもう既に決定的なものだった。
であるから、もうヴァトルは動いたりしないし喋ることもない。もう、ただ屍となったのだ。
「次は貴様だ、オーガ!」
「うっせぇ」
”キンッ”
「───ッ!」
マルコシアスの剣を止めるのは、オーガの刀であった。
先程マルコシアスの剣を受け止めて発生した腕の痺れは、ヴァトルの死によりもう引いていた。
そして、今度は腕が痺れることもなくしっかりと受け止めたのだった。
「───俺を、俺を怒らせたな。ヴァトルを殺すだぁ...許さん」
そう口にしたオーガ、そしてマルコシアスの方へ果敢に攻めるのだった。
刀が降れば、その延長線上にある壁に亀裂が入り、大きく横一文字に剣を動かせば、その建物自体が切れるような強力すぎる剣戟で、お互いは戦う。
───もし、マルコシアスがイブニングの能力である『宵闇は良い病み』によって視界が塞がれていなければ、きっとオーガは負けていただろう。
だが、今は『宵闇は良い病み』で塞がれている。だからこそ、ヴァトルの死が引き金となって覚醒した鬼神の前では、マルコシアスは敗北するしか無かったのだ。
「冥土の土産に持っていけ、ヴァトル」
その言葉と同時、王城ごと斬り裂くような世界を断つ一閃と共に、オーガはマルコシアスのことを裁断する。
「───見事ッ!」
そう口にして、『獰猛な雌狼』の異名を持つ赤髪の侯爵───『ゴエティア』序列35位の屈強な戦士であるマルコシアスに勝利したのだった。
「───」
何も言わずに、オーガはただ上を向く。先程まで、建物の中で戦っていたはずだが、その建物は半壊しておりオーガの上には青空が広がっていた。
今日という日は、歴史の1ページに残ることになるだろう。




