第820話 悲劇の9割
『妖精物語』の『戦』であるヴァトルが行使するのは、効果の概要よりも能力名の方が長いような能力───『この世の悲劇の9割は、戦時でない時に起こっている。戦争という表層的な争いが行われている時期こそが一番の平和なのである』であった。
そのウンザリするほど長い、もう読みたくもないような能力を使用するヴァトルは、『宵闇は良い病み』の能力によって、目に見える暗闇に視界を塞がれているマルコシアスの相手をする。
もう既に、『宵闇は良い病み』の能力を持つイブニングは、この戦場から脱出を果たしており、『鬼』であるオーガは、体についたその火を消すために一番近いであろう浴場まで全力疾走していた。
「───マルコシアス。アナタに教えてあげます。ペンは剣よりも強し」
「そうか。だからどうした?豪火は良貨を駆逐するぞ?」
その言葉と同時、マルコシアスは再度『天国からのヘルファイア』で火を吐く。
ヴァトルの体を燃やし尽くす勢いで迫っていく炎であったが、ヴァトルはその能力を行使してサッと机を持ち上げて、その炎から身を守る盾としてマルコシアスとヴァトルの間に挟み込まれた。
「───盾を作るか...」
「当たり前です。アナタのその炎の攻撃が龍人や蜥蜴人間のブレスと同義だとは思っていません。盾くらい用意しますよ」
ヴァトルもマルコシアスも、心の内では『天国からのヘルファイア』の弱点に気付いていた及び弱点が気付かれたことに気付いていたが、お互いにそのことを口にしなかった。
だが、ヴァトルが気付いた『天国からのヘルファイア』の弱点───それは、一度放つと溜める時間が必要だと言うことだった。
マルコシアスは、無限に炎を吐けるような技ではなく、胸部から腹にかけて能力により出来上がった龍人が持つような炎を蓄積する器官に、吐くための炎を溜めていたのだ。
一度で吐ききらなければ威力不足である為、マルコシアスは毎回ほぼ満タンになるまでその炎を溜めるのだが、今回はそんな余裕はなかったので、ヴァトルに対しては約6割程の状態で放ったのだ。
オーガは、マックスの状態でその炎に焼き尽くされなかったのだから、彼のことは賞賛に値するだろう。
「さて、炎は終わりましたか?」
そう余裕そうに口にして、盾としていた机の裏から姿を見せるのはヴァトル。マルコシアスの方を向いていた机の表面は、真っ黒く焦げてメラメラと少し火が引火していた。
「『天国からのヘルファイア』が通用しないと言うのであれば───」
そう口にして、マルコシアスはその体を動かし始める。もちろん、狙うはヴァトルの首であった。
「───ッ!」
もし常人であれば瞬きをしている間に、その首は斬られていただろう。
だが、ヴァトルだって少数精鋭である『妖精物語』のメンバーだ。
彼だって、ちゃんとその戦闘センスが光る時は来るのだ。
ヴァトルは、目の前に迫ってくるマルコシアスに対してペンを向けてその剣での攻撃を再度受け流す。
「残念であったな!私は、そのペンなど斬り落とす!」
そう宣言したマルコシアスの、これまでよりも速い一閃。
そしてそのまま、ヴァトルの握るペンは横一文字に、剣で斬られてしまう。
「───ッ!」
ペンが、ヴァトルの能力によって「文房具」から「武器」という格が上がっていたとしても、所詮はペンだ。
切ろうと思えば、そのペンを切り取り剥ぎ取り奪い取ることだって可能なはずだ。
「殺傷能力のないペンなど無用だ。私を倒したいのであれば、もっとちゃんとした武器を握れ!その理由は、私の相手に不相応であるからだ!」
そう述べるマルコシアス。ヴァトルは、斬られてしまったペンを床に捨てて、また新たな武器を───部屋に飾っていた華美な装飾のされた壺を片手に1つずつ、合計2つ手にした。
「───壺だと?そんなの武器になるまい」
「いいや、なる」
そう口にして、ヴァトルはマルコシアスの方へ右手に持っていた壺を投げる。
「こんなものッ!」
そう口にして、マルコシアスはその壺を真っ二つにする。すると───
”パシャンッ”
マルコシアスの鎧にかかるのは、水であった。
「即席水風船。壺ですけど」
ヴァトルはそう口にする。そして、マルコシアスの方へと接近して左手に持った壺を右手に移動させ、その壺でマルコシアスの顔面を投げることを画策する。
───が、顔に水がかかった程度の隙では、すぐにマルコシアスは動き出してしまう。
「───ッ!」
近付いて、攻撃しようとするヴァトルへとカウンターを食らわせようと剣を握りヴァトルの壺での攻撃を待つマルコシアス。
ヴァトルはそれを見て、一瞬狼狽えてしまい───
「その狼狽が、貴様の敗北の理由だ。その理由は、今にわかる」
そう口にして、マルコシアスはヴァトルの首を、ヴァトルが抵抗するよりも速く斬り落とし───
「間に合った!」
───たかったのだが、その戦いに乱入───否、帰ってきて、マルコシアスの振るう剣を止めるのは体に付いた火を消火して来た人物。
そう、『妖精物語』の『鬼』であり、実際に鬼神であるオーガであった。




