第783話 『死にたいより殺したい精神』
死にたいより殺したい精神・・・相手を透明にさせることが可能。透明にされた人物は誰からも認知されない。
「ステラは...誰からも認知されていない?」
「貴様の体は今、透明になっておる...じゃが、ただ透明人間になった訳ではないぞい...透明になった貴様は、この世で誰からにも認識されないんじゃ...もちろん、どれだけどんな能力や魔法を使用したっても無駄じゃ...」
フォラスは、語りかけるようにそう口にする。だけど、フォラス自身ステラの姿は見えていないのだろう。
これまでずっとこの能力と付き合ってきていたが為に、まだステラは近くにいる───ということを期待して、そう説明するような声を出したのだろう。
「そんなの嘘です!攻撃します!」
そう口にして、ステラはフォラスへと接近する。フォラスは、先程のような『釈迦に石砲』や『石蛇』を使用してくる様子はなかったから、接近するのは容易だった。
「フォラスさんさえ倒せば、この能力は───『死にたいより殺したい精神』は解除されるんです!」
ステラはそう口にして、狂乱の魔法により強化された肉体でフォラスに対して拳を振るう。全弾ヒット───ではなく、全弾カスリともしない。
通常であれば、フォラスの細い腹部を穿つような拳だけど、それは『死にたいより殺したい精神』が使用されていない場合だ。能力により、透明になって誰からも認知されない状況に置かれている中、攻撃が通るわけがない。
「───本当だ...本当に攻撃が当たらない、認知されない...」
ステラは、シュンとして思わず自らにかけた狂乱の魔法を解除してしまう。ステラの目の色はいつも通りのクリクリとした黄色いものに変更されていた。
「さて、ワシは一休みするかのう...老人に戦場は酷ぞい...」
そう口にして、ステラの目の前でゆっくりと腰を下ろすのはフォラス。フォラスのその余裕そうな姿に、ステラは少しだけイラッとするけれども、いくら攻撃しても意味がないのでステラは諦めてどうにかこうにか大地の壁をよじ登って、上にやってきたのだ。
「他の戦闘のお手伝いをしたいけれど...ステラは今何もできないんです...」
そんな悲しいことを口にするステラ。その大地の壁の上で見つけたのは、誘拐されていない『チーム一鶴』での親しい女友達であるリミアであった。
先程の───25の世界の王城前での『付加価値』の『肆』であるアインとの戦闘の最中、暴走したアインのせいで怪我を負ったリミアは、失神から目を覚ましたのかその場に座っていた。
「リミアさん!」
ステラは、リミアがどうにか復活したことに気付きリミアへと近付く。
「リミアさん、起きたんですね!よかったです、痛いところはありませんか───って、そうでした...」
ステラはリミアへと接近し、そんな言葉をかけたけれども誰にも認知されないことを思い出し、シュンと尻尾を下げた。
「リミアさん...ステラのことは見えていますか?」
そう問いかけても、返事は返ってこない。リミアの目の前で手を振っても返事を返ってこないし、抱きつこうとしても体をすり抜けてしまう。
「ハグすらもできないんですか...この能力、不便です...」
ステラはそんなことを口にする。仕方がないので、リミアの隣に座ってみるものの、何かできるわけでも声がかかってくるわけでもない。
そう、声がかかってくるわけでもないのないのだが、リミアに気付かれていないからこそ、リミアは1人でこんな声を上げるのだ。
「そろそろ、私もオルバやイブのいる方へ行って何かできることを協力しないと...」
リミアはそう口にして、ゆっくりと立ち上がる。そして、イブの方へ近付こうとするけれどもその足取りはフラフラだった。
「リミアさん!無理しちゃ駄目です!ゆっくりと休んでいてください!」
ステラのそんな優しい声も、リミアには届かない。リミアは、無理をしてでもオルバとイブのいる方向に行くだろう。
「ステラも───」
付いていく。
───そう口にしようとしたところで、ステラの口と足の動きは止まる。
ステラの頭の中に過ってしまったのはステラが真隣にいることに気付かないイブの姿だった。
最愛のイブにさえ、ステラは気付いてもらえないのか───などと思ってしまったのだ。
ステラは、きっと───というか、十中八九気付いてもらえないだろう。『死にたいより殺したい精神』にはそれだけの効力が存在していたし、愛し合っているものは別だ、などという例外は存在していないのだ。
リミアは、まだ背中が痺れているのか変な足取りでイブとオルバのいる方向へと歩いていく。
ステラは、それについていく事ができず、その場でしゃがみ込んでしまった。
ステラは、恐怖と戦っていた。
ステラは、イブと出会う前は「獣人だから」という理由で差別されたり、何度も生け捕りされそうになっていた。だけど、イブと出会ってそれらが変わったのだ。
他の皆に気付かれないのは構わなかったが、イブだけに気付かれないのは嫌だったし、怖かった。
「嫌...」
そんな弱々しいステラの声が虚空に響く。
その透明の声は、誰にも届くことなどなかった。




