第780話 百発零中
───こちらは同じく、スタンプ伯爵の持つ屋敷の目の前で行われている『六曜』の『友引』であるフサインと『妖精物語』の『偽』であるフェイクの戦場。
土の壁に囲まれながら、2人は狭い空間で一進一退の───否、フサインには「進」という文字しかなくフェイクには「退」という文字しかなかった。
「退く───ということは逃げることじゃない。同じく、避ける───ということは、苦戦していることじゃない」
「───あぁ、苦戦してるのは俺の方だよ。なんだったら、避けられている俺の方が苦戦している」
フサインが、己の持つ剣と能力である『暗殺大陸』により保持できている大量の暗器を駆使して、フェイクと戦っていた───のだけれども、フェイクにも『命辛辛』という能力があった。
その能力概要は、攻撃された場合避けることが可能───というものだった。
それ故に、フサインの攻撃は一つだってフェイクに掠ることすら無かった。
「クソ...」
フサインの攻撃は、当たったところでお一撃必殺となるようなものではない。でも、そんな普通の攻撃すらもフェイクにとっては当たらないのだ。
「攻撃はやめとけよ。疲れるだろ?俺は、お前の攻撃を避け続ける自動人形」
「攻撃をやめる?そんなのは論外だ。今、お前は俺が攻撃し続けているから攻撃できているのだろう?」
───そう、フェイクが現在「避ける」ことにのみ徹しているのは、フサインが止まぬ攻撃の雨を降らせ続けているからだ。
もし、その攻撃の雨が止んだなら、押し寄せる攻撃の波が凪いだなら、フェイクは反転攻勢するだろう。
「疲れるだろうよ、肉体的にも。精神的にも。百発零中じゃ」
「───百発零中でも、百一発一中かもしれない。その限り、俺は剣を振り続ける!」
「そうか...偽善者のくせに、よく頑張るんだな」
「偽善者だから、己の信念を曲げぬように頑張るんだ!」
フェイクは、そんな言葉を聞き流し能力のパワーにより迫り来る暗器の全てを避けきる。
そして、穿った目つきで、全てを諦めたような死んだ目でフサインのことをジッと見た。
「何、見てんだよ」
「俺は偽善者じゃない。俺は、正真正銘の悪人だ」
「───は?」
「俺は、自分の罪を自覚している。仕事とは言え、相手が犯罪者だとは言え、相手も人殺しとは言え、これまで何人もこの手にかけている」
「そんなの───」
「人は信用できない。自分の手が汚れる汚れないの前に、誰かに仕事を委託するなど論外だ。まぁ、多分お前はそんなグチグチ言うなら仕事をやめろとでも思うだろう」
フェイクの一人語り。透徹したその双眸に当てられて、フサインはフェイクに対して言葉にできないような不快感を覚えてしまう。
「どうして、こんな話をしたのか。お前は非常に疑問に思うだろう。答えは簡単だ。お前もその1人だから───お前も、俺に殺される人の1人であるから、こんな話をしているのだ。そして、こんなにもお前の顔を見ている」
「意味がわからん」
「意味などわかってもらわなくて結構。だが、説明だけはしておく。聞きたいか?」
「聞きたくない───と言っても話すんだろう?」
「そうだな。お前の決断なんか信頼していないからな」
無論、この話をしている間さえもフサインの剣は絶え間なく振られて、本来であれば避けきれない量の暗器がフェイクを襲っていた。だけど、フェイクはその全てをギリギリのところで避けていた。
「───俺は、自らが殺した人のことを全て覚えている。これまで23名。名前も顔も、披露してくれたならば能力も全て覚えている」
「どうして───」
「俺は偽善者じゃない。悪人だ。人を殺し、その罪を理解している悪人。偽善者ではないから、自分中心には生きていない。誰かのための殺しをしているんだ。だから、申し訳無さと、命を奪った罪滅ぼしとして償いとして名前を覚えていた」
「───お前が人を殺すのは仕事か?」
「当然だ。こうして、お前と戦っているのも仕事の一部だ。職務を全うするのだ」
「俺、馬鹿だからよくわかんねぇけどよ...結局、お金貰って人殺してんじゃ偽善者じゃね?」
「───ッ!」
その言葉に、フェイクは驚く。そして、体勢を崩すけれどもその能力により無理のない動きで攻撃を避けきった。だが、体勢を崩したこともあり避ける動作が大きくなってしまい、フェイクはそのまま壁際まで押し寄せられる。
───が、それでも尚能力は使用される。
暗器は大地の壁にぶつかり、剣はフェイクに当たりしない。
「───クソッ、面倒だ」
「───ッ!なんだ...石か」
どうやら、大地の壁が暗器の激突により少し崩れ、小石がパラパラと落ちたようだった。
「フェイクに...当たった?」
フサインは、フェイクに小石が当たったことに少し閃く。
フェイクの能力である『命辛辛』は、他者の意思がある攻撃は完全に避けることができるが、流れ弾や落石など攻撃の意思が無いものは避けられないのだ。
「お前のことを食べる───って作戦を思いついたが、あいにく俺はお前を殺す気まんまんだからな。食べることすらも避けられそうだ」
「それはお前が俺を食べるのが憚られるだけだろう、偽善者」
───フサインは攻撃をやめずにフェイクの方を睨む。
2人の戦闘は、終わらない。




