第709話 ウェスタンの長
「何を───ッ!」
ユリウスはすぐに理解する。己が利用していた心眼が見えなくなったその違和感の正体を。
───そう、ユリウスは視覚に続いて、聴覚も奪われたのであった。
聴力そ奪ったのは、フランの能力である『静かな怒り』であった。
通常であれば、音が聴こえない───などという単純なデバフにしかならないのだけれど、ルーカスが使用した『暗闇』と重ねがけをすると、相手に大きすぎる被害を与える。
ユリウスは、視力と聴力を奪われていて、味覚を自ら制限した現在、残っているのは嗅覚と触覚の2つだけであった。
「聴覚を制限する」
ユリウスは、そう口にした。能力で音が聴こえないのであれば、すぐに『禁欲』で制限する対象にしたのだ。自らを強化する為への、決定が早すぎるユリウス。が───
「許さないぞ...お前だけは」
ユリウスには届かない言葉を投げかけて、フランは大きくハンマーを振り下ろす。
もちろん、視力と聴力を奪われているユリウスはその攻撃を避けることなどできるはずもなく───
”ゴンッ”
「───ッ!」
ユリウスの頭にその巨大なハンマーが激突し、そのハンマーに血が付着した。
「───よく...もッ!」
ユリウスは、そう口にしてハンマーを跳ね返して距離を取る。頭にハンマーをぶつかって尚、潰れて死ななかったのは、『禁欲』による強化のおかげだろう。
「どこから攻撃してくるんだ...」
ユリウスは、そう口にする。頭からはドクドクと血が流れており、ひどく痛そうだった。
「どこから───だと?ならば、正々堂々正面から行ってやる」
その言葉と同時に、フランはハンマーを振るってユリウスを狙う。
「───ッ!」
ユリウスは、ハンマーが迫ってくることを風で感じたのか、後ろに下がって移動した。
目が見えず音も聴こえないのに、こうも動けるのはすごいことだろう。普通であれば、そんな状態になったからには人の補助無しには動くことも厳しいだろう。
「───本気を出さないと負ける...いや、200%の力を出さないと負ける!」
ユリウスは、フランを倒すためには本気以上の力を『禁欲』により引き出さなければ行けないことを察する。
「肝臓及び腎臓・汗腺の機能を制限。他に、消化器官及び痛覚の機能も制限」
ユリウスは、自らの体を維持するのに必要なものに縛りをドンドン追加する。
縛りを追加することにより、ユリウスの体の中で動いているのは肺と心臓、そして中枢神経及び末梢神経だけであった。痛覚を遮断することによって、痛みと呼べるものは感じなくなっていた。
「───人の姿をした魔物め...ドンドンおかしくなっている...」
フランはそう口にして、早急に目の前の怪物を───ユリウスを倒さなければ行けないことを察する。
───ユリウスの影の中では、腹心であるオーロラがユリウスの成り行きを心配して見ていたのだった。
「───」
フランは、動く。
目の前にいるユリウスを倒すために、大きくハンマーを振るった。今度は、察せられども避けられないほどのスピードで───
”キンッ”
「───なんだとッ!」
ユリウスは、己の剣でフランの持つハンマーを受け止めたのだった。見ざる聞かざるのフランが、対処できた理由がわからずに、フランは驚いてしまう。
「視えなくても...聴こえなくても...解るッ!」
「恐ろしい奴め!」
「制限追加!言語行為及び、肺の機能・呼吸の制限!」
「───決着かッ!」
フランは、ユリウスが追加した条件3つを見て、即座に決着をつけようとしていることを理解する。
言語行為を捨てることで、これ以上『禁欲』を追加できない状態にして、肺と呼吸を制限することで完全に息を止める状態にする。
『禁欲』は、自らに課した禁止行為を破ることで制限が解除されるが、体内の場合は制限を破らぬように止めることができる。肝臓や腎臓の動きを止めているのがそれの最たる例であろう。
それと同じで、ユリウスはフランを倒すまでは肺を動かさない───要するに、呼吸ができない状態にして完全に勝利をつかもうとしていたのだった。
ウェスタンのためとは言え、最悪命を投げ捨てるようなその行為に、フランは恐怖を感じる。
───が、フランはここで逃げるようなことはしない。
逃げれば勝てる可能性はあったが、それは男の行為ではない。だからこそ、フランはハンマーを振るった。
───フランの首の左側に、ユリウスの持つ剣が迫る。
ユリウスの首の左側に、フランの持つハンマーが迫る───。
「同時」
フランがそう口にする。
全くの同時。フランの首に剣が当たるのと、ユリウスの首にハンマーが当たるのは寸分違わず同時。
「───勝った」
フランは、勝利を確信した。
ユリウスの頬に直撃するハンマーは、ユリウスのことをハンマーの進行方向へと───フランから見て左側へ吹き飛ばす。
───が、ユリウスは動かない。
「───ッ!」
逆に、フランが弾け飛びそうになるような感覚を持ちつつ、フランはすぐに攻撃する場所を変えようと体を動かす。
───が、迫っていたのだ。
そこに、ユリウスの剣は迫っていたのだ。
「負け───」
その言葉と同時、ユリウスの握る剣が、フランの首と胴を分かつ。
───勝利だった。
ウェスタンを思うユリウスの、完全で完璧な勝利だった。




