第700話 嘘
グラシル元帥を討伐し、イースタンとサウスタンの敵兵の猛者と呼ばれる三元帥と三鬼を全滅した戦場で。
俺達『チーム一鶴』がサウスタンの領土に乗り込もうとしたと同時に、ウェスタンの長であるユリウスの声が23の世界中に響き渡ったのだった。
その内容は、ノースタンの裏切り。
ノースタンにも聴こえるように、大々的に発表されたその裏切りの放送が行われるまでに何があったのか。
時は、少し遡り───、
───こちらは、ウェスタンの本軍。
そこで指揮を取っているのは、ウェスタンの長であるユリウスであった。
本来であれば、国のトップという存在は本軍に赴かずに奥にある城で我が物顔で待機しているだけなのだが、いつもならばそうしていたのかもしれないが、今回は違う。
前回のイースタンとの戦争で、ハービン将軍が殺されたことにより、ウェスタン全軍の士気が低下していたのだった。
だから、長であるユリウスが直々に指揮を取ることで士気を上げる───という作戦だった。
実際、その効果は絶大で多くの兵士の心を奮い立たせたのだ。
───では、どうしてサウスタンの長であるロイロットは戦場に出ていたのか、という話だ。
答えを言うのであれば、彼こそがサウスタンで一番の戦力だったからだ。三鬼よりも強いロイロットが戦力として戦場に立っていたのだった。
イースタンのバッハ・トゥールや、ノースタンのカーン・バーンは領土の奥にある城でふんぞり返って玉座の上に座っていた。
───と、戦場にいるユリウスの中に舞い込んできたのは一つの重大な事件だった。
そう、それは「ノースタンが同盟を反故にしてウェスタンに攻撃し、コーラス将軍がフランに背後から攻撃された」という内容だった。
「───それは、本当かッ!?」
「はい、近くで見たものがいるので、正確な情報かとっ!」
「これは裏切りなのか?それとも、そういう能力の敵が...」
「失礼します!ユリウス様です!急な言伝が入りました!」
「今度は何だ!」
「ノースタンの兵士が、我々ウェスタン軍に攻撃を開始しました!最前線は混乱する一方です!」
「なんだって?!オーロラ!」
ユリウスは、目の前で起こっている状況が理解できずに、自分の影の中に潜んでいる腹心の名を呼ぶ。
───そして、名を呼ばれたオーロラは、ユリウスの前に現れたのだった。
「状況は理解しました。すぐさま、全軍に撤退命令を。特に、ローディー将軍には最速で出してください。ここで、ローディー将軍まで失うつもりはありません」
「何を言って...その口ぶり、まるでコーラス将軍はもう死亡してしまったみたいに...」
「もう、死亡したと思ったほうがいいでしょう。フランと合流させていましたからね、背後から奇襲されたのであれば、いくらコーラス将軍でも動けないでしょう...」
「んな...コーラス!」
ユリウスは、悲痛そうにコーラス将軍の名前を呼ぶ。そして、一瞬顔を歪ませて───
「───全軍に撤退命令!23の世界全体にその撤退命令を響き渡らせて構わない!ノースタンの裏切りが開始したということは、ウェスタンが不必要になったということと同義!それならば、もう既にイースタンとサウスタンの敵2国はもう残党しかいないはずだ!」
「───了解しました!」
ユリウスは、全軍に撤退命令を出させる。各部隊長が持っているトランシーバーではなく、世界全体へ向けて。
───そして、俺達も聴いた撤退命令が出されるのだった。
イースタンとサウスタンと戦って疲弊している、ウェスタンに連続してノースタンに戦うほどの戦力は残っていない。コーラス将軍がやられたというのであれば、尚更だ。
「クッソ...」
ユリウスは、悔しそうな声を出して、自分の両の握り拳を両膝に一度打ち付けた。ジンジンと鈍く響くその痛みが、2度の敗戦の辛さを表していた。
***
───こちらは、ローディー将軍とアーノルドの2人がいる戦場。
2人は、この時までは敵ではなかった。そう、このときまでは。
「───撤退...」
ローディー将軍のところにいち早く入ってくるのは、オーロラからの撤退命令であった。
”ダッ”
撤退命令を受けたと同時に、ローディー将軍はアーノルドに何も話さずにその場から逃げようと試みる。
「───『骨格固定』!」
「───ッ!」
ローディー将軍の体が固定される。
───が、固定されたのはローディー将軍の体だけだった。
そう、ローディー将軍が乗っている馬は固定されなかったのだった。だからこそ、ローディー将軍は逃げることができる。
「───ッチ、フランの方が先に動いていたか...」
アーノルドはそう口にする。
───三幹部が、ノースタンの長であるカーン・バーンから受け取ったのは「敵が少なくなったら三将軍に攻撃しろ」という内容だった。
だから、コーラス将軍とフランがいた戦場よりも、兵が多いこちら側では行動が遅くなったのだ。
「命拾いしたな、ローディー将軍。あの一瞬でお前を止められなかった俺は潔く負けを認めよう。勝つのはこちらだがな」
アーノルドはそんな言葉を残すと、その戦場を後にしてノースタンの領土へと戻っていったのだった。




