第593話 弱者
シンドークは、『月光徒』の幹部であるチューバとクロエ───否、その正体である『ゴエティア』序列5位の魔神であるマルバスの前から逃走する。
マルバスは、その場からの退避を認めていたし、チューバもマルバスの相手をすることが第一の問題である難題であったために、シンドークを襲うような余裕は無かった。
「クッソ、クッソ、クッソ!どういう事だよ!」
そう罵倒するのは、シンドーク。
だけど、クロエとマルバスが同じ存在であることによって、色々と納得することがあったのだ。
まず第一に、17の世界で発見したポーラン・ハイランドの変死体。
まるで水分が失われたかのようにカラカラになって死んでいたとするのならば、何者かの他殺を疑うはずだった。そして、それが魔神であるマルバスが行ったことだと納得がいくのだ。
実際、クロエはその時に独断で行動をしていた。ポーラン・ハイランドを殺す暇などいくらでもあったはずだ。
更に、17の世界であった『ゴエティア』序列20位のプルソンが、ユウヤ・オルバ・クロエの3人と戦わず逃亡を選択したことも、クロエがマルバスであると十分納得ができる。
プルソンは、自分より上位であるマルバスに勝つことができないと判断したのだろう。
その逃亡という選択肢が、いいものか悪いものかはわからないが、プルソンが命拾いしたのは確かなことだっただろう。
また、18の世界でアガリアレプトを腐ったリンゴのようにグチョグチョにして殺したことも納得がいく。
クロエの───マルバスの能力は、生物の体の性質を変える能力───なのだろう。
それならば、ポーラン・ハイランドやアガリアレプトの死に納得がいく。
物質変化・・・触れた人間の部位を様々な物質に変えることが可能。
四肢獅子・・・四肢が多い獅子を呼び出すことが可能。
2対の病気・・・相手を多種多様な病気にかけることが可能。また、病を治すことも可能。
物創り・・・材料があれば、そこから何かを作ることが可能。
───これが、マルバスの能力である。
きっと、『物質変化』や『2対の病気』を使いこなしていたのだろう。
「敵前逃亡など、このシンドーク一生の不覚!一笑されても仕方なし!」
そう言いながら、味方の元へ走るシンドーク。
「ぐえへっへっへっへっへ...死にかけだが、こんなところに...たまたま良さげな敵を見つけたぞぉ...ぶち殺して───」
「黙れ、このクソ豚がァァ!」
シンドークの手にかかるのは、『ゴエティア』の魔神であろう人物の一人。鼻を伸ばし、豚のような顔をしたその魔神はシンドークにバッサリと切られて殺されてしまってた。
「ぼ...ぼきゅは...豚じゃなくてイノシシだぁい...」
シンドークに殺されたイノシシのような顔をした魔神は事切れる。どうせ、フェニーにボコボコにされるのが未来だったし、大差は無いだろう。
シンドークは、そのまま『チーム一鶴』の元へ走る。壊れた城をグルッと回った場所で、皆を発見した。
「おーい、皆!」
「シンドーク、来たか!」
「すまない...すまない!」
シンドークは皆に謝罪をする。手元に失神しているリューガの肉体を持って、そのまま謝罪を繰り返した。
「どうした、シンドーク!」
「その手にいるのは...リューガなのか?」
「あぁ、リューガは失神していた!謝りたいのはそこじゃない、このシンドーク、最大の過ちだ!」
「シンドークがここまで追い込まれるとは...何があったんだ?」
「クロエは...クロエの正体は『ゴエティア』序列5位の魔神───マルバスだった!」
「「「クロエが...『ゴエティア』の魔神!?」」」
全員の驚きの声が響く。
「そんな...嘘でしょう?」
「こんな状況で、シンドークが笑えない戯言を言うとも思えない」
「なら、さしあたり真実だと思うしか無いな」
「───その真実を知ってよく生きて帰ってこれたな」
「マルバスが───クロエが、このシンドークのことに逃亡を赦した!弱者であったから救済を受けたのだ!きっと、クロエにはこのシンドークなんぞ、敵ですらないと思われている!」
その場にヘナヘナと足を付くシンドーク。そして、地面をバンバンと叩いた。
「悔しい、悔しい、悔しい!」
シンドークが叫ぶ。だが、その叫び声は、戦乱によってかき消されるのであった。
「それで、リューガがいるということはクロエを除く全員がここに揃ったということだな...」
「クロエはもう戻ってこない...」
「そんな...」
「非常に悔しいし口惜しいが、ここには『チーム一鶴』が全員揃ったということでいいんだな?」
「そうだ...」
シンドークが、そう返事をする。そして、冷静に冷酷に問いかけるカゲユキに対してアイキーを渡した。
「これも...マルバスがくれたものだ!このシンドーク達だけでも逃げろということだろう...」
「なら、20の世界に行くしか無いだろ?」
「そうね。色々とモヤモヤは残るけれど...」
「シンドーク、お前はどうしたい?まぁ、残る選択肢など無いけどな...」
「わかっている、全会一致で20の世界へ向かうでいいだろう!クロエを除くメンバーが欠けなかっただけでも万々歳だ!」
シンドークの言葉に、全員が小さく頷く。
───そして、『チーム一鶴』のメンバーは20の世界への逃亡を選択したのだった。




