第158話 トラウマ
「なぁ、カミール」
「どうした?」
「感覚の共有ってことはよ...痛覚も共有されるのか?」
「さぁな。わからん」
タンドンの仮説に、カミールは耳を傾ける。
「試してみる価値は...あるよな?」
「あぁ、そうだな。試しにやってみるか?」
「そうしようぜ!まぁ、結局倒すことに違いは無いんだけどね」
ユウヤは勇猛果敢に、幽霊に向けて剣を振るっている。リカも、幽霊を殴り動きを止めている。
すると───
「うぅ!」
リカの体の中に、幽霊の手が入り込んでいる。このままでは、リカは幽霊に心臓を触れられる。
リカの体の中に、ギチギチという音が響く。心臓を捻り潰そうとする音だ。
「こいつ、よくも!」
ユウヤはリカの心臓を潰そうとする幽霊を斬り倒す。まぁ、実際は触れられないので幽霊の生前の本能により、退くだけなのだが。
「ユウ...ヤ...さん。ありがとう...ございます...」
リカの呼吸は荒れている。無尽蔵の体力のあるリカがだ。
「怖いです...ユウヤさん。私、怖いです」
リカの頬に汗がついている。冷や汗だ。死を直感したリカの体が、冷や汗をかかせ、心拍数を上げているのだ。リカの体は恐怖に襲われる。
「リカ!お前はカミールと交換だ!少し休憩しろ!」
リカは、生まれて2度目の「絶望」を体感した。
リカの人生には合計で3度の「絶望」が待ち構えている。
***
リカの生まれて始めての───1度目の「絶望」は、ヘイターに親を殺され奴隷として連れて行かれた時だった。幼いながらも、これから自分がどれだけ過酷なことを強いられるかは容易に理解出来たのだ。
それもそのはず、リカは同郷の仲間が、ヘイターによって連れ去られ奴隷として働かされるところを見たことがあるのだ。鉱山に無理矢理連れてかれて、重労働を強制させられる。それと似た行為が自分の身にも起こることを理解していたのだ。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」
リカはこれまでの自分を悔い改める。お母さんに内緒で、夕ご飯のお芋をつまみ食いしたことを悔いた。
お父さんの大切にしていた庭の木の枝を折ってしまったことを悔いた。
リカは、9歳にして一度目の「絶望」を味わっていた。
***
「リカ...大丈夫か?」
タンドンに優しく声をかけられる。
「はい、大丈夫です」
「無理は、するなよ?」
「わかってます。無理をしたくっても、幽霊の前で怖気付いてしまってるんです...」
リカはタンドンの腕に縋る。そして、一筋の涙を流す。
「幽霊が...怖いんです...心の臓を握られて...死ぬかと思ったんです...」
「同情だけしておくよ。僕には、心臓を握られた経験が無いから、それしかできないんだけどね」
タンドンは、涙を流すリカを見て、悲観的に、そう呟いた。
「ぬおおおお!こっちは俺の相手だぁ!」
3倍にまで大きくなったスリーが、リカとタンドンの前に立つ。ユウヤとカミールは幽霊の相手で忙しいので、スリーの相手までできない。
「ここは...僕たちでやるしか無さそうだぞ...」
「わかってます...幽霊相手じゃなければ...いけます」
リカがヨロヨロと立ち上がる。
「ぬっ!兄さん、本当ですか?」
スリーが、そう口に出す。
「ぬおお!」
リカがスリーに近づき、『硬化』した拳で殴ろうとする。が───
”ガシッ”
リカの肘を、スリーは掴む。
「は...離してくださ───」
”ブンッ”
「───ッ!」
リカは幽霊の方へ投げられる。
「きゃああああああああ!」
リカの叫び声が秋都に響く。
「なっ、リカ!」
ユウヤがリカを助けに行こうとするも、幽霊が邪魔で通れない。
リカは大量の幽霊に囲まれる。リカは、恐怖と絶望でその場から動けない。
「ひ」
幽霊の手がリカの方へ伸びてきて、リカは小さな悲鳴をあげる。リカは動けない。
リカは、動けない。否、動けない。
「リカ!」
「安心しろ、失神しているだけだ」
ワンが唐突に口を開ける。
「人のトラウマと言うものはそう簡単には克服できない。本能があるからだ。理屈ではわかっていても、克服できないものがトラウマなんだ。リカは幽霊がトラウマになったようだな」
「そうか...トラウマか...」
ユウヤは唾を飲み込む。
「俺だって、幽霊は怖いさ!心臓だって握られた!でも、その分学習したことだってある!」
ユウヤは大きく剣を振るう。すると、幽霊は大きく仰反った。
『原流1本刀其のニ』
ユウヤは回転しながら、幽霊の方へ斬りかかる。そして、飛び込み幽霊を斜めから斬りかかる。
「───ッ!」
ワンと、ユウヤは相見える。否、先程からずっと同じ空間にいたのだが、これ程まで至近距離にまで近づいたのは初めてだ。
「ユウヤ!」
カミールがユウヤの名前を呼ぶ。ユウヤは後ろに刀を振った。
「ぬお!バレたのかぁ...兄さん、ごめーん!」
後ろには、3倍に大きくなったスリーがいた。ユウヤは、その下っ腹を斬っていた。
「久々に斬った感触を味わったような気がするぜ...」
「ぬぬぬ...中々やるようだな...」
スリーはそう言いながら、ユウヤの方を睨む。
「カミール...幽霊は任せた。俺はスリーの相手をする」
タンドンは、リカを助けたくても助けられないのでカミールの後ろでモジモジしていた。
書いててこちらも何故か心臓が痛く。




