第1017話 能力の有無
「『PUNISH PUNCH』を犠牲に、『無能』を使用する!」
声高らかに俺がそんな宣言をするけれども、俺の体に何か変わったような違和感はやって来ない。
まぁ、元より俺が『PUNISH PUNCH』を使用してこなかったからその差異に気付いていないだけかもしれないが、とりあえず『無能』は成功したと願いたい。
俺は、チューバから距離を取ると、彼は──
「──『透明』を無くしてきやがったか、クソ」
そう口にして、6本ある内の腕の1本を頭に当てている。
「どうだ?『透明』が無くなればお前もただの人間。前までのような強さは出せない」
そう、チューバの強さはこれまで『透明』によって誇示されていたのだ。それを考えれば、『透明』がなくなった今、その強さは半減──いや、8割減と行ったところだろうか。
「は、馬鹿め。俺様から『透明』を奪った程度で勝ち誇ってるのか?」
「──実際、『透明』がなければお前は何もできないだろ」
「まぁ、行動の自由度は減るだろうがただちに敗北するってわけじゃねぇ。それこそ、『チーム一鶴』は問題なく乗り切れるだろうよ」
俺は、その言葉が信じられなかった。
だって、『透明』は俺が知っている中でもかなり上位に入る強さの能力だ。いや、もしかしたらどんな能力よりも最強かもしれない。
『透明』は、その能力を別のどんな能力にだって変えられるのだ。だから、その場その場に合わせた最強をいくらでも用意することができる。
だから俺達は『透明』のことを危険視していたし、『透明』を真っ先に対策しようとしたのだ。
「バカだな、お前」
「──は?」
いきなり馬鹿にされて、俺はチューバに対して怒りを募らせる。
「確かに、『透明』を『無能』で消された代償はデカい。今後一生俺は、能力を持ってない状態──正育無能として過ごさなければならない。月光徒の幹部である器としては足らない状態だ。だがなぁ、『透明』がないからと言って俺が全く戦えない理由にはならない」
その言葉と同時、一瞬で俺の方に迫って来たチューバは、6本ある拳の2つを祈るような形で握り、そのままそれを俺の頭上から振り降ろして来た。
「──速」
あまりの速度に、回避ができない。その体が動くよりも先に俺の体に迫ってくる腕。
振り降ろされる腕に巻き込まれるようにして、俺の小さな小さなヒヨコの体は、床に叩きつけられる。
「──ガッ!」
俺はそんな声を上げて地面に衝突する。全身を痛みが襲うけれど、すぐに踏みつぶされそうになったからその場から退散する。
──強い。
俺は、逃げながらそんなことを心で思う。
月光徒の幹部であり、長年俺達のことを苦しめてきたチューバは、能力を使用しなくても俺を圧倒するくらいには強さを持っていた。
「──逃がさねぇよ」
地面に叩きつけられただけだったから、全身打撲くらいのダメージで済んだけれど、拳と床のサンドイッチになっていたら、俺は潰れて死んでいただろう。
そのまま、チューバは俺を追ってくる。その巨体で、俺を殺そうと画策してくる。
「──『破壊』ッ!」
"バキバキッ"
「──ッチ!」
俺の『破壊』は成功するけれども、チューバは舌打ちをするだけであまり効果はなさそうだ。
チラリとチューバの方を見ると、その腕の1つから血が流れている。しっかりと、攻撃は通っているし『透明』を使用している痕跡もない。
まさか、『透明』を封じる作戦が成功して尚、ここまで強いとは思わなかった。
俺は、能力を失った例としてオイゲンと知っているが、その時は廃人のようになっていたのを覚えている。
能力を持っていた時はあれ程までに輝いていて強敵と言うイメージだったのに、能力がないだけであれほどまでに人が変わってしまうのか──と思ってしまった。
これは、能力なんて概念が元からない地球で生まれた俺だからこそ持てる感想なのかもしれないけれど、能力の有無だけでそれほどまでに人間は狂ってしまうのだろうかと思った。
だけど確かに、俺だって『憑依』がなくなったとなると怖くて張り切った動きはできなくなるかもしれないし、能力とは少し違うけれど、生まれつき持っている視力が無くなったりしたら動けなくなるかもしれない。
その点、チューバは違う。
産まれてからずっと一緒にいたはずの『透明』を奪っても尚、こうして普通に俺と渡り合っている。
チューバは、物理的だけではなく精神的にも強いのだ。チューバの強さを再確認して、俺は天井近くまで飛来してその拳の攻撃を避ける。けれど──
「逃げ切ったつもりか?」
「──ッ!」
チューバは、助走のない垂直飛びで俺のことを鷲掴みにしてくる。ヒヨコを鷲掴み。
「──マズい!」
その握力は強く、俺はそのまま握りつぶされてしまいそうだった。死を予測して、その衝撃に備えようとしたその時──
「──リューガ!」
俺の名を呼ぶ声がして、そこに入って来たのは1人の隻腕の剣士。
再度、左腕を失ったように思われる彼に俺は驚きが隠せないけれども、その驚きを無視して隻腕の剣士は残された右腕で剣を振るい──
「──原流1本刀 其のニ!」
ユウヤの攻撃は、チューバにヒットする。俺が手放されると同時に、チューバと距離を取った。
「──援軍か、面倒だぜ」
ユウヤの攻撃によって怪我をしたチューバはそう口にした。まだまだ、強者の余裕が存在していた。




