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第1007話 抱擁

 

 ───『憑依』。

『チーム一鶴』のリューガが異世界転生した際に授けられた一番最初の能力である『憑依』は様々な種類があるとされる。


 リューガであれば「自分のことを食べた場合」に、25の世界で戦ったポゼッションは「自分が死亡する時に、相手が能力を発動していて、その能力が自分をオーバーキルしようとしていた場合」に『憑依』が発動する条件だった。

 そして、リューガは7日───初期は成長前だったので5日間のみその『憑依』した肉体を行使できるという日数的な制限があるが、ポゼッションにはその制限がない代わりに、『憑依』発動前にその体は行使できないことになっていた。


 様々な条件があるけれども、この世界では相手の肉体を奪い取る能力を総じて『憑依』と呼ばれており、それをヴァレンティノも持っていて──


「嘘...だろ?」

 オルバは、その状況を飲み込めなかった。理解はできたが、納得はできなかった。

 まさか、ヴァレンティノが『憑依』を持っていてアイラがその条件をクリアしてしまったということが納得できなかった───。


 ───ヴァレンティノの『憑依』は以下のような条件である。


 憑依・・・自分が死ぬ際に両目が合った人物に憑依することが可能。


 一見、条件を達成するのが簡単だと思うけれども、死ぬ間際に両目を誰かに合わせている───というのは難しい。死んだことがない皆にはわからないだろうが、何度も死線を超えて来て、人の死を経験しているヴァレンティノはその難易度を知っており、同時にそれを何度も達成してきた。

 死を重ね過ぎた結果、その痛みに耐えられず人間としての言語を忘れてしまったけれども、生きるための本能がヴァレンティノをこれまで生き延びさせてきた。


 ──そんな生存本能はこの最終決戦でも働き、アイラの体を蝕む。


「──嘘だろ?なぁ、嘘だと言ってくれ」

「鋭杉リー」

 アイラの体でフラフラと揺らめきながら、そんなことを口にするヴァレンティノ。


『憑依』で肉体を奪われた魂は、追い出されてどこかに行ってしまう。

 ヴァレンティノはアイラの肉体を踏み躙り、記憶を盗み見て、アイラの全てを知る。


 ──長年の友であるオルバでも知らないようなことを、全て知ってしまうのである。


「──この、クソ野郎っ!」

 そう口にしてオルバはアイラの肉体に憑依したヴァレンティノの方へ右手を大きく開いて向けて『羅針盤・マシンガン』を放とうとするけれども、その腕からは何も出ない。


 ───オルバには打てないのだ。

 長年の友達である姿をしたアイラのことを、『陽光の刹那』としてチームを結成したその日からなんだかんだ仲良くやってきていたアイラのことを、『陽光の刹那』の唯一の生き残りであるアイラのことを打てないのだ。


 15の世界でサンを殺されて、26の世界でぺトンが殺された。どちらも犯人は月光徒だ。

 オルバとアイラの2人は、ここまで生き残って来たのだ。ヴァレンティノという相手を討伐したのだ。

 それなのに、それなのに───。


「こんなの、あんまりじゃねぇか」

 アイラの肉体で、ゆっくりとヴァレンティノはオルバの方へ迫ってくる。アイラの意識は残っていないから、オルバのように躊躇することはない。


 オルバにはアイラの姿をしたヴァレンティノのことを殺せない。その肉体がもう既にヴァレンティノに操られていることがわかっているとしても、その見た目はアイラだ。


「───Bノレノレ”」

「───やめろ、その姿で喋るな。俺の方に来るな!」


 一歩ずつ近づいていくヴァレンティノと、一歩ずつ後ろに下がるオルバ。

 数歩下がっていくと、オルバは壁にぶつかりそこから下がらなくなる。すると、焦点の合わない目をグルリと一回転させた後に、ヴァレンティノはアイラの姿で、アイラがこれまでに見せたことのないような気味の悪い歪な笑みを浮かべる。


「やめろ!アイラはそんな顔をしない!アイラを侮辱するな!俺達を馬鹿にするな!」

 オルバの目からは涙がこぼれる。はらはらと、その瞳から涙がこぼれる。


 手を伸ばし、『羅針盤・マシンガン』を放つぞ───と言わんばかりに手を開くけれども、その手から弾丸が放たれることはない。


 ───何度だって言う。オルバにアイラは殺せない。

 中身が全くの別人だろうと、仲間を自らの能力で銃殺することはできない。もし、そんなことをしてしまったら、オルバは自分の能力を使って自殺するだろう。


「───クソ、何で俺は失うことしかできないんだ」

 オルバが、自らを襲う絶望をそう口にする。手を伸ばして、オルバのことを『回収』しようとしているヴァレンティノの方を、泣き腫らした目で睨み、その手をガシッと掴む。


 アイラの『回収』は、その掌で触れたものが対象だ。タッチされなければ、どこに触れても問題ない。

 それは、オルバが長年一緒に過ごして来て知っているアイラのことの1つだ。


「───ごめんよ、アイラ。助けられなくて」

 そう口にして、オルバはヴァレンティノ───いや、アイラのことを抱きしめる。自分がその掌に触れないようにしながら、繊細かつ大胆に抱きしめる。


 その抱擁が奇跡を生むだなんて都合のいい未来はない。ただ、生むのは永遠の別れだけで───。




 ───オルバの腕の中からアイラの肉体が消える。



「───さよなら、アイラ。異空間の中で永遠に生きてくれ」

 オルバは、アイラの肉体を奪ったヴァレンティノにヴァレンティノ自身を触れさせて『回収』を発動させた。


 ───もうこの世のどこにもアイラの肉体はない。

 オルバは無傷のその体で、膝から崩れ落ちたのだった。

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