第1006話 ヴァレンティノ
───『チーム一鶴』のオルバとアイラの目の前にそびえたつボクサーのような恰好をした1人の男は、意味が分からないことを口走りながら2人のことを焦点の合わない目で捉える。
その男は、『付加価値』の『壱』であり『自意識無情』の2つ名を持つヴァレンティノであった。万国共通の言語を喋らずに、独自の言語を使用している───もしくは、ただただ人の真似事として奇声を上げているだけのどちらかである彼は、どこのチームにいても非常に扱いにくい存在であるがために、彼は『付加価値』以前は月光徒にいたけれども誰の下にもついていなかった。
だけど、『付加価値』は元がチューバかヴィオラの部下の人から次々死んでいったので、どこにも属さないヴァレンティノとアインは最終決戦である今日まで生き続けることができたとも言えよう。
アインはイブ達に敗北してしまったが、ヴァレンティノはオルバ達に敗北してしまうと言えるのだろうか。
それをまだハッキリと断定することはできないが、両者心の中には「勝とう」という気持ちだけが存在しているのは確かだ。
「───さぁ、勝負しようぜ。ボクサー」
「ヨE!」
相変わらずその言語を話さないヴァレンティノであったが、人間の言葉は理解できているらしく、オルバの問いかけに返事をする。
オルバがヴァレンティノと向かい合うように立ち、オルバの後ろにアイラが隠れるように立つ。
ヴァレンティノはボクサーのような恰好をしているから、近距離攻撃をしてくる相手だと考えられる。
しかも、ナイフなどの刃物を振り回すのではなく、見てくれから考えても拳を直接ぶつけるタイプだと予想できる。もちろん、銃や剣を隠し持っている可能性もあるけれども、人の言葉を喋れない道化を演じている可能性だって拭いきれないけれども、それは近距離攻撃として敵を処理することを阻む理由にはならない。
これまで一度も『チーム一鶴』と戦ったことのないヴァレンティノだが、その戦法はどのようなものか───。
「先手必勝!『羅針盤・マシンガン』!」
オルバのそんな勢いのある声と同時に、オルバがヴァレンティノの方へ向けた手からは無数の弾丸が飛び出る。ヴァレンティノは、自らの方へ無数の弾丸が迫ってきているのに気付いたのか、ステップを踏んで横に飛び回避する。
「流石『付加価値』!このくらいは回避してもらわないとやりがいがないってもんだぜ!」
オルバはそう口にしながら、一瞬『羅針盤・マシンガン』を止めてヴァレンティノの方へと銃弾を放っていく。アイラは、しっかりとその双眸でヴァレンティノのことを見ており、視界が外れることはない。
ヴァレンティノは横に飛んで回避を行いつつ、しげしげとオルバ達の方へ接近する隙を狙っている───風にも見えなくない。その表情や瞳からは、何を考えているのか感じ取ることができない。
それどころか、その頭の中で正常な思考がされていることも不明だ。言語が通じない───というだけでここまで戦いづらくなるのか、などとオルバは思いつつアイラを絶えず自分の背中に匿いながら部屋の中心に移動する。
部屋の中心ならば、ヴァレンティノが逃げ続けて移動したとしても、この地下3層の壁に沿って無限にグルグル回るだけだ。そうすれば、逃げるのと同時に接近されて不利になる恐れもない。
逃げるヴァレンティノを追うように、『羅針盤・マシンガン』を大事に行使するオルバ。
本来であれば一つの方向にしか放てないその技だけど、発射を途切れ途切れにすることで弾を放ちつつ動かすことに成功している。これは、リューガと修業した成果が十分に出ていると言えるだろう。
「───まさか俺が、月光徒の最終決戦に参加するだなんて思わなかったもんな」
『チーム一鶴』と、そして月光徒との出会いは唐突だった。15の世界で、月光徒の幹部───いや、それ以上の存在である月光徒のボスまでもが参加した抗争に、当時は『陽光の刹那』に属していたオルバ達も参加したのだ。その戦いは良くも悪くもオルバの人生を大きく変えた。
「───って、そんなこと言ってたら死亡フラグか?」
これまで一度だって回避しかしてこないヴァレンティノの相手をするのは少し退屈だったのか、オルバの頭の中に浮かび上がってきたのでこれまでの旅。
───と、そんなことを思っているとオルバとアイラの方へと接近して仕掛けてくるヴァレンティノ。
「VO〒E安*」
そんな声を挙げながらヴァレンティノはオルバの方へ迫るが───
「これで終わりだ、『羅針盤・マシンガン』!」
放たれた弾丸はヴァレンティノの体躯を穿つ、その虚しい瞳は舐めるようにオルバとアイラを交互に見て───
ドサリと、大きな音を立ててボクシンググローブを付けた両手を広げて大の字になりながら倒れた。
「───勝った、のか?」
あまりにも呆気ない勝利だった。しかし、それでも大切な一生で───
「XXXX」
「───ぁ?」
背中から嫌な予感を感じて、オルバはアイラから離れる。
「───アイラ?」
「『8初』セイ業」
これまで普通に使っていた言語が突如として使えなくなり、焦点の合わなった瞳がグルグルと動いている。
「───もしかして...」
オルバはアイラの身を襲った悲劇に心当たりがあった。ありすぎた。
「ヴァレンティノの能力は『憑依』───だったのか?」
オルバの悲痛そうな声が、地下3層に響いた。




