第1005話 芸術の最前線
「───ッ!」
セイジの視界の天地が反転し、目を見開く。頭に血が降りていくことを感じつつ、その植物を操るオリリスの方を睨んだ。
「動きが封じられまちたか」
セイジの死角を縫うようにして後方から接近してきた植物のツタに足を掴まれ宙ぶらりんになる。
魔法杖を強く握っているので抵抗することは可能だが、オリリスの動きを見なければまた捕まってしまうだろう。
「───さて、どうしたものか」
自らの顎を撫でながら、そんなことを口にしているのはオリリス。セイジの方をジッと見て、何かを考えているようだ。
セイジは訝しむような目でオリリスの方を見る。
「よし、決めた。次の作品は大自然を前に死亡した魔法使いというテーマで行こう。己の魔法に自信を持っていた魔法使いが、自然と言うどうしようもない脅威を前にして敗北するその姿を描くことにしよう」
ブツブツとそう口にしているオリリスは、セイジを使用して作品を作ろうとしているのか自分の世界に入ってしまっていた。
このままでは、体中に花を咲かされて殺される───と思ったセイジは咄嗟に魔法を使用する。
「ファイヤー!」
足を掴むツタが一瞬で黒焦げると同時、セイジは背中から床に落下する。そこまで高いわけではなかったから、そこまでのダメージはない。
「───あ、逃げるな!」
セイジは、立ち上がるよりも先に体をひっくり返して獣のような形で逃亡することで、セイジを掴もうとするツルから避けることに成功する。
「一先ず、回避成功でちゅね」
セイジは、自分の足に付いた煤を払う。そして、オリリスの方へと魔法杖を向ける。そして──
「───ロック」
そう口にして、土魔法を使用するセイジ。
───本来であれば、土魔法は地面にある土を使用して発動する魔法だ。
土を自分で作り出すよりも、元からあるものを使用する方が体力の消費を抑えられると言う理由がある。
が、しかしセイジ程の実力者になれば無から大地を作り出すことができるのだ。
であるからこそ、セイジは大地の魔法を使用して地下1層と地下3層の両方に繋がる階段を自らで生み出した土で埋める。
「───?何をしたんですか?」
「さぁ、お前に教えてあげる義理はないでちゅ」
「そうですか。ではアートになってください!」
そんな言葉と同時、セイジの四方八方から伸びてくるツタ。セイジを捕まえるために伸びたそれは回避することを許さない。
「避けられない。ならば燃やすか?いや...」
セイジは思考を回す。どうしたら確実にオリリスを倒すことができるのか。
セイジの頭の中にはオリリスを討伐する作戦があった。炎で燃やし尽くすことを試みようが、無尽蔵の体力で植物を生み出し続けることで、実質的に炎を無効化するオリリスの討伐方法があった。だが、それを実行すれば自分も同じように危険に陥る。一歩間違えれば、セイジも死んでしまうだろう。
セイジはそう考え事をするけれども、その作戦を確実に実行するためにも迫り来るツタを対処することにする。
「ファイヤー!」
選んだのは、またしてもファイヤーだ。上下左右も関係なくセイジに近付いてくるツタを燃やす紅蓮の炎。
だが、オリリスの行使する植物はそれ以上のスピードで炎の中を抜けて来てセイジの首筋に迫り来る。セイジは大きく息を吸い込み、そして───。
「───ウォーター!」
そう口にすると同時、セイジは膨大な水をその空間に生み出す。
「──ッ!?」
炎が一瞬にして姿を消し、空気を追い出した水魔法に驚きが隠せないオリリス。
まさか地下2層の全域が水中に変貌するなどと思っていなかったため、オリリスは呼吸の準備をしていない。
そして、炎を無視して突き進むことができるような植物でも、水中に引きずりこまれてしまえばできることはない。
地下三層への道も、地下一層からの道も大地で埋めているからオリリスが空気を吸う方法は残されていないから、オリリスは溺死するしかないのだ。
(まさか最初から溺死を狙っていたとは!水中という過酷な環境を自らの手で作り出し、勝利を掴もうとするその生き様!まさにアート!)
呼吸ができない中で目を見開き、セイジのことを捉えるオリリス。酸素を吸っていないオリリスの方が先に窒息するのは間違いない。だが、アートな生き様をしているセイジも一緒に死に、自らの死までもを作品にしてしまおう──そんな考えがオリリスの頭の中にあった。
(タイトルは──芸術の最前線)
そう口にして、水中で植物を伸ばしてセイジのことを捕捉する。セイジは抵抗の意思を見せたけれども、それでも水中ではセイジだって身動きが取りずらい。だからこそ、簡単に捕まえることができた。
(後はこのまま、2人で溺れ死ねば...)
そう思った矢先。
部屋の奥から大きな水飛沫が起きて、そこから一人の男が泳いでくる。
「──ッ!」
オリリスはその男性の登場に驚き、思わず息を吐いてしまう。口の中に溜めていた酸素を全て逃した芸術家はその場でもがき苦しみだす。
だが、そんなことを気にせずに一人の男はセイジをツタから解放して助け出そうとする。
(──待て、逃がすか!私の最後のアートを完成させないまま死んでたまるか!)
そう口にして、オリリスはセイジの方へと泳いでいくけれどももう遅い。酸素の足りない彼は、前に進むこともできずにアーティストとして華々しく志半ばで頓死したのだった。
「──助かりまちた、イブさん」
「全くだ」
「2層へ続く階段が地面で覆われているからビックリしたよー」
「まさか水中だったとは思いもしせんでした!」
───セイジは、イブ達に救出されてオリリスにも勝利したのである。
もちろん、セイジには1人でも助かる術はありました。




