第1003話 『永遠とは』
───『付加価値』の一員でありながら、他の団員との顔合わせに全くしない彼女は、強者の多い『付加価値』の中でもその強さが認められるからこそできる芸当だった。
一撃必殺であるアインは、どれだけ苦戦を強いられても一撃だけでも加えることに成功することがいいのだから、『付加価値』内で争ってもそれなりに高い順位に入るだろう。
傷つけたことを無に返してくるオイゲンと、触れることで能力が発動するムレイだけがアインのことを無力化できるだろうし、そもそも触れられないアンナは攻撃ができないので気にする必要はないだろう。
アインは、強者と言う実力と、引きこもりであることをアイデンティティと言う風にとらえていて、月光徒の中でも特別な三大幹部のどれの下にも属さない特殊な立場を確立したのだった───。
そんな彼女であるアインは、苦戦を強いられる。
大地の魔法で攻撃してくるイブと、その隙間を塗ってヒットアンドアウェイで攻撃してくるステラ。そして、その行く末を見守っているリミア。
リミアは、過去に『チーム一鶴』と戦った時もそこにおり、その時も戦力として動いていなかったから、彼女は非戦闘員であることに間違いはなさそうだ。
「───実質的には1vs2。それだけど、敵の攻撃手段は大地だから面倒だな」
アインは、天井の方をチラリと見る。最上層の床──地下1層の天井を割って、中に入って来たのはこの地下基地を埋め尽くす大地の一角であった。それが、大地の魔法により行使されてアインを殺すために触手のようにして動いている。今のところ、アインが体を翻すことでなんとか回避しているけれども、面倒なことにその絶え間なく行われる『永遠とは』が通用しない攻撃を対処するのは面倒だ。
「そうなると、男の方を先に潰したい...」
ヒットアンドアウェイ戦法で攻撃してきているジャッカルの獣人を相手にするよりも、攻撃が雨のように降り注ぐ大地の魔法を行使しているイブの方を先に潰すのは当たり前と言っていいだろう。
この大地の魔法による攻撃が無ければ、ステラに攻撃を与えることだって今よりずっと楽になるだろう。
攻撃さえできれば、『永遠とは』で相手を無限の回廊に連れていけるのだから後はその中で永久に放置しておけばいいだけだ。無限の中を無際限に彷徨う事なるが、アインに敵対した人の末路などアインには関係ない。
「そうと決まれば」
アインはそう口にすると、イブの方へと大地を回避しながら接近する。後ろに飛び、右に駆けてタイミングを見計らってイブの方へ飛び込む。ステラの攻撃を一発回避し、そちらの方には目もくれず───、
「───ッ!」
アインの体を襲う不良。眩暈が始まり視界が歪み、見える色が絶えず変化する。そこに映るのは幻覚か幻聴か。
不気味な人影が見えて、アインのことをその実体のない双眸で捉えるとニッと笑う。
「───なんだ、これッ!」
狂乱の魔法。
アインの疑問に答えるならば「狂乱の魔法」と言う一つの固有名詞だけで事足りるだろう。
だがしかし、そんな魔法をステラが持ち合わせることは知らないので、その夢幻に苦しめられる。
「───今ですッ!」
狂乱の魔法をアインにかけることに成功したステラは、そのまま後方に大きく飛んで最前線を離脱する。
その直後に、イブの操作する大地が一斉にアインの方へと襲い掛かる。が──
「私の影を踏まないで!」
「「───ッ!」」
幻覚に襲われていたアインは、錯乱状態に陥ったのか幻覚に影を踏み入られるような、そんな幻覚を覚える。
直後、彼女の持っていたナイフによって周囲の大地は切り裂かれて、その大地は低い音を立てながら第一層の床を揺らす。
イブが凶暴化したアインを拘束しようと大地を行使し、ステラがアインの暴走に気が付き、最接近しようと試みるよりも素早いスピードで、アインは大地の魔法を行使するイブの方へと動く。
───過剰な防衛本能が働き、本気を出したアインは強い。
「───マズい」
咄嗟に、イブが自分の周りに大地の防壁を展開しようとするけれども、今回は下からではなく上からだ。そこに、一瞬ばかりの隙が、時間差が、ラグが生まれてしまう。
「───死ね」
遠慮のない一撃。『永遠とは』の発動云々など関係なしに、イブの命を奪り獲ろうとするその一撃はイブの体に致命傷として刻まれ───
「ウインド!」
───ない。
どこからともなく、魔法が放たれてイブの目の前にまで接近されたアインが横に吹き飛ばされる。
その魔法を放ったのは───
「───リミア!」
「リミアさん!」
「へへっ!私だって少しだけだけどセイジに魔法を教えてもらってたのよ!」
土壇場で放たれた風魔法に命を救われたイブだったが、それは一瞬の時間稼ぎにしかならない。
すぐに態勢を整えたアインがイブの方へと迫る。
だがしかし、イブはその一瞬で自らを守る大地の防壁を完成させていた。
「こんなものっ!」
錯乱を続けているアインは、イブを守る大地の大壁に小型のナイフを突き刺すけれども、ピクリとも動かない。
「このっ!このっ!このっ!」
そうやって、何度も大地にナイフを突きつけて刺した跡を何個も作っていくうちに───
「───ッ!」
大地にナイフを持つ右腕が取り込まれるようにして、アインの動きが拘束される。
ナイフという武器を持つ右腕が、ギチギチと大地に押しつぶされて抜け出すことができない。そこに───
「ここは私の出番ですっ!」
そう口にして、ステラは狂乱の魔法のバフだけを受け取っている状態で、アインのことを攻撃し続ける。
殴って蹴って、噛みついて。
もう動けなくなり抵抗しなくなったところで、アインは天井にある大地の方へと取り込まれて、見えないところで圧殺されたのだった。
───地下一層での戦いは、イブ・ステラ・リミアの3人の勝利である。




