第988話 捨て駒の戦いの先に
───勝利。
「終わった...のか?」
あまりに呆気なさすぎる戦闘の終了に、俺は驚きが隠せない。
「あぁ、終わった。随分と楽だったな」
前に戦ったオイゲンは、もっと強かった───それこそ、俺が一瞬でコテンパンにされて何度も殺されては生き返るを繰り返されたくらいだ。
そこまで強かった相手だったはずなのに、今回は俺が『破壊』を数発放っただけで死んでしまった。
「『森羅反証』が無くなったとは言っていたけれど、どうしてだろうか...」
能力が無くなったということならば、『無能』が発動したことになるだろう。だけど、『無能』は俺しか持っていないはずだし、チューバだって部下の能力を奪い取るようなことはしないだろう。
そうなると、また別の勢力の影響があったと考えられる。
───正解は、月光徒の団員の1人であるカールによってなのだが、それを『チーム一鶴』のリューガが知る由はなかった。
そして、今回のオイゲンの敗北は『森羅反証』に頼りすぎていたという筋がある。
オイゲンは、『森羅反証』により己にかかる様々なものを無に返していた。その全てを羅列するにはあまりに膨大な時間がかかるので省略するが、彼は老化やダメージ、そして摩擦や空腹など人間なら感じるようなことを全て犠牲にしていたのだ。
だから、オイゲンは完璧超人を振舞えていたし実際に最強としてチューバの1番の部下として君臨していたのだが、それがカールによって狂わされたのだ。
これまであったものが無くなったら、どれだけ恐怖するだろう。
例を挙げるならば、自転車の補助輪が無くなった時の恐怖感と一緒だ。
補助輪が外されようが、自転車としてはほとんど変わらないけれども、補助輪なしの自転車に初めて乗る子供は転倒しないかと恐怖する。
それと一緒で、『森羅反証』が無くなったオイゲンは一気に恐怖の渦に突き落とされたのだ。
きっと、リューガに『憑依』がなくなれば、これまでのように先頭に安易に顔を突っ込むことはできなくなるだろう。
───と、もう死んだ負け犬の話をする必要はないだろう。
カールに踏み躙られて、リューガに敗北したその男のことを振り返る必要はないのだ。
「それにしても、バトラズも圧勝だったな」
「そうだな。『破壊』を使用して来たけど、そんなに脅威じゃない。いつもリューガを見てるからな」
「恐ろしい。バトラズが敵に寝返った時が、一気に不安になるぜ」
「安心しろ。俺はいつだってリューガの味方だ」
そう、嬉しいことを恥ずかしげもなく口にしてくれるバトラズ。
「───それで、リューガ。どうする?」
「どうするって?」
「こうやって襲撃があった以上、他の皆にも何かあったかもしれない」
「そうだな、アイキーよりも皆の命の方が優先だ。助けに行かないと」
カゲユキが考えてくれた効率的に世界を移動する策───世界にやって来た1日目は休み、2日目にアイキーを見つけ、3日目に時空の結界まで移動し、次の世界の1日目になる。
そんなサイクルは、皆の安全を考えての策だ。その途中で月光徒の奇襲が行われたとなれば、それを崩してでも皆の無事を確認することが最優先事項だろう。
「あくまでペアでの行動は崩さずに動こう。他の誰かと合流できればいいが...」
そう口にして、俺とバトラズは動き出す。俺はバトラズの肩に乗って、バトラズが走ってくれた。
俺が浮遊して移動するよりも、バトラズが走る方が速いのだ。
「───確か、月光徒にいるもう1人のオレは1人じゃなかった」
だったら、「もう1人のオレ」って呼称は変なことになるけれど、最初は『チーム一鶴』の俺───まさしく俺と、月光徒にいるオレ───俺の中で「もう一人のオレ」と呼んでいたオレの2匹だけだったのだ。
その「もう一人のオレ」が、更に分裂を重ねて、「もう一人のオレ」が増えていったのだから、それが他の皆に当たっている可能性は十分にあった。
「じゃあ、また別の月光徒リューガが他の皆のところに行っている可能性もあるってことか?」
「そういうことだ。バトラズは瞬殺しちゃったが、他の皆はそう上手くはいかないかもしれない」
それこそ、『チーム一鶴』のリューガ───俺と、もう一人のオレの容姿は瓜二つ───というか、全く一緒なのだから、見間違えても無理はない。
リューガは、人の多い道を飛び越えたり、掻き分けたりしてスピードを緩めることなく進んでいく。
だけど、すぐにこんなに人が多い所で戦闘が起こっているわけがないと判別して、人通りの少ない道の方へと曲がっていく。
「ここら辺にいるといいが...」
「リューガさん、それにバトラズさん」
進んでいく俺達に、後方からそう声をかけてくるのは聞き覚えのある声だった。
だけど、その声はもう既に俺達の元からいなくなった存在。
そう、その声の主は───。
「クロエッ!」
19の世界───1度目の月光徒のアジト侵攻で、その本性が『ゴエティア』の幹部であるマルバスであることが判明したクロエ・クレンザー。その人物が、俺達の後方に立っていたのだ。
「久しぶりですね、2人共」
そう口にして、クロエは妖艶な笑みを浮かべる。
「───どうして、ここにッ!」
心臓の鼓動が速くなる。クロエは、今の俺にとっては仲間と呼べない存在だ。
───戦闘になるのは、必然だろう。




